63話 決戦前夜
日は瞬く間に過ぎていき、気がつけば、模擬戦を翌日に控えた夜になっていた。
現在は、師匠と二人で鍛錬に励んでいる。
もっとも、師匠に関しては自身の鍛錬をしているというよりは、私の指導に付き合ってくれている、と言った方が正しいのだけれど。
「神崎さん。刀の振り方、どんどん良くなっていますね。最初の頃と比べると、見違えるほどですよ」
「あ……! ありがとうございます。これも師匠の指導のおかげです」
「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいですね。この調子で、どんどん成長していってください」
「はい! いつか師匠から合格をもらえるように、これからも頑張ります!」
「ええ、その意気です。さて、今日の鍛錬はこれで終わりにしましょうか。明日は神崎さんにとって大事な戦いが控えてますから、しっかり身体を休めてください」
「分かりました」
そうして、私たちはグラウンドから出ようとしたところ、出入り口に見知った人影が目に入った。
「調子はどう『凡人』さん? 明日が最後の戦いだから、あんたの必死に頑張る姿を拝みにきたわ」
壁に背を預け悠々と腕を組みながら、立花さんは嫌味たっぷりな挨拶をする。
その姿恰好は鍛錬に臨むそれでなく、この場所に似つかわしくない程に清々とした私服姿。
「何が……目的なの?」
立花さんは言葉通り本当に私の顔を拝みに来ただけのようにも思えるが、しかし、私はその言葉の裏に何か目的があるのではないかと疑い、眉をひそめる。
「目的? 別に何も。強いて言うならあたしの満足度を上げるため、かしら」
「満足度?」
私はその言葉に、さらに眉間に皺を寄せた。
「あんたがこれまで必死に積み上げてきた努力も、頑張りも明日の戦いで全てパーになる。あたしに負けてね。だから、その瞬間をもっと気持ちよく味わうために、あんたがだれだけ足掻いているのか見に来たってわけ」
立花さんは、明日の戦いで勝利する瞬間の快楽を最大限に高めるために、わざわざこうして私の鍛錬の様子を眺めていたらしい。
私が必死に努力する姿さえも、自分の快楽を満たすためのものとして楽しんでいた。そのあまりにも歪んだ考え方に、私は言いようのない嫌悪感を覚えた。
「それにしても、つくづく『凡人』っていう人種はかわいそうね」
そんな私の嫌悪など知る由もなく、立花さんは薄い笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「汗水流して、必死になって頑張ったところで、『凡人』が『天才』を超えることなんてできない。それなのに、それでも諦めずに頑張ろうとする。ほんと、滑稽よね」
立花さんが私を、いや私達を見る瞳は、まるで可哀想な人を見るような憐れみが込められていた。
「まあ、あたしには到底真似できないけど。……本当、あたし『天才』でよかったわ」
「立花さん、あなた自分で思うほど『天才』じゃありませんよ」
「は……?」
師匠の言葉に、立花さんは怪訝そうに眉をひそめる。
「むしろ、四季から見れば『凡人』はあなたのほうで、『天才』は神崎さんのほうですよ」
告げられた言葉の意味が理解できなかったのか、立花さんの目が点になる。そして、数秒の沈黙。
「……ぷっ」
立花さんの肩が小刻みに震え始めた。それを機に堰を切ったような笑い声が溢れ出す。
「あははははは! 何それ! どこをどう見たら、あたしが『凡人』になるのよ! しかも、こいつが『天才』って……あはは! 意味が分からないって! 節穴にもほどがあるでしょ!」
立花さんは腹を抱えながら、涙が滲むほどに笑い続ける。
そこには、自分が『凡人』だと評されたことへの怒りよりも、それを本気で口にした師匠への嘲笑が色濃く滲んでいた。
「ほんと、『凡人』の戯言ほど滑稽なことないわ~。いや~笑った笑った……で? 何だっけ? あたしが『凡人』で、こいつが『天才』? 何だっけ? もしそうなら、何でこいつ、あたしに何度も負けてんの? というか、『天才』なら、努力とか頑張るとか、そんなことする必要ないって」
「立花さんの『天才』に対する価値観は知りませんが、『天才』でも努力はしますよ。そもそも、『天才』こそ、努力してします」
「はは。そんなわけないでしょ? じゃあ、西園寺先輩も白雪先輩も努力してるっての? あたし見たことないんだけど」
「してますよ。立花さんが知らないだけで。西園寺先輩が鍛錬してるところ、四季、一度見たことありますから」
「はは! 強引にでもあたしを『凡人』にさせようとして、とうとうそんな戯言まで言い出したわけ? ほんと、憐れ~」
立花さんは、師匠の言葉を鼻で笑うように、嘲笑を滲ませながら言葉を返す。そして、くるりと踵を返すと、最後まで私たちを見下すような笑みを浮かべた。
「くく、じゃあね。明日あんたが敗北した時、どんな絶望な表情を見せてくれるか、楽しみにしてるわ。はははははは!」
そう言い残し、立花さんは高らかな笑い声を響かせながら、私たちの前から去っていった。
「全く。立花さんの『天才』というプライドは筋金入りですね」
「あ、あの、師匠」
「? なんですか?」
「さっき、立花さんのことを『凡人』で、私のことを『天才』だと言ってましたけど、それって、本心で言ったんですか?」
先ほど師匠が口にしたその言葉が私の頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。
あれは、本心なのか、それとも、ただ立花さんの『天才』というプライドをへし折るためのブラフなのか、それがどうしても気になっていた。
「本心ですよ。あの人は『天才』とは何かまるで分かってません。そもそも、努力せずに『天才』は名乗れません。『天才』というのは、生まれつき才能がある人のことじゃない。その才能を伸ばし続けられる人のことを言うんです」
師匠は呆れ具合を滲ませながら、立花さんの『天才』の価値観を正すように私に天才とは何たるかを説く。
「師匠。それだと尚更、私が『天才』と言うのは違う気が……私、自分に才能なんてありませんし……」
師匠の言う『天才』がそういう意味なら、なおさら自分には当てはまらない。
私は、自分に特別な才能があるなんて、一度も思ったことがない。むしろ、自分でも分かるくらい、私には才能がない。
才能を伸ばし続けられる人が『天才』だというのなら、その前提となる才能すら持ち合わせてない私が、『天才』と呼ばれる理由なんて、どこにもないはず。
「人は誰しも才能があります。それは四季も、神崎さんも、立花さんも、みんな持っているものです」
「で、でも師匠。私は『凡人』で、だから……」
「才能に『凡人』も『天才』も関係ありません」
師匠は、私の言葉を遮るように、はっきりと言い切った。
「そもそも、才能なんていうものは、ただスタートの位置が違うだけです。大事なのは、一歩でも、半歩でも、ほんの少しでも前に進み続けること」
そして師匠は、真っ直ぐに私を見つめる。
「神崎さんは、自分を『凡人』なんて揶揄していますけど、四季からすれば、間違いなく『天才』ですよ。そこにお世辞なんて一切ありません。だって、神崎さんは頑張って、努力して、自分の才能を伸ばし続けているじゃないですか」
師匠の私を射抜く瞳は嘘を吐いているわけでも、お世辞でもないことが一目で分かるくらいに堂々としていた。
「……てん、さい。私が……天才」
口にした言葉が、自分のものではないように聞こえた。
『天才』なんて自分にとって無縁の、それこそ、努力しても決して届かない、選ばれた人間のみに与えらえる神の如き称号だと思っていた。
だからこそ、『凡人』であると信じて疑わなかった私に『天才』などと評価する師匠の言葉が、どこか遠く聞こえ、まるで他人事のようであった。
「な・の・で!」
師匠はぐいっと私の方へと首を伸ばし、
「『天才』の神崎さんは、明日の戦いで『凡人』さんの立花さんに勝ってください! そして、あの人の鼻を明かしてください! 四季、これでも結構怒っていますから。立花さんへの怒りを晴らすためにも、神崎さんにはぜひ勝ってもらわないと! もし負けたら……その怒りの矛先、神崎さんに向かいますからね!」
「そんな理不尽な!?」
思わず声を上げてしまう。
師匠の言葉に理不尽さを覚えつつも、私を『天才』とのたまう師匠の言葉に私は嬉しさを感じつつも、やっぱり、理不尽さはぬぐいきれなくて……
そんな複雑極まる心情を抱えたまま、私は来る明日の模擬戦を思い浮かべるのであった。




