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59話 その日、私たちはまだ笑っていた

「「ぎしゃしゃしゃ!」」


 私たちの前に立ちはだかったのは、長い鉄パイプを薙刀(なぎなた)のように構えるマネキンと、一本の包丁を片手に、その切っ先をこちらへ突きつけるマネキン。それぞれに憑依したゴーストが、不気味な笑い声を響かせる。


「光ちゃん、いくよ!」


「はい!」


 合図と同時に、私と雫さんはそれぞれの標的へ駆け出した。私は包丁を構えたゴーストへ、雫さんは鉄パイプを構えたゴーストへ一直線に迫る。


「はあっ!」


 私は鋭い雄叫びを上げて、ゴーストに斬りかかる。白刃は白い残滓を引きながら、ゴーストの脳天へと吸い込まれていく。


「ぎしゃ!」


 ゴーストは朝飯前と言わんばかりに、私の一太刀を難なく受け止める。そのまま空いた左手で拳を握ると、私の腹部へ向けて一直線に打ち込んできた。


 ぶんっ! と拳が唸りを上げ、空気を震わせる。その速度は弾丸のように速く、一撃でも受ければ身体を貫かれかねないほどの威力を秘めていた。


 だが、私は拳を握る動作を見た瞬間から反撃を警戒していた。


 拳が放たれるより一瞬早く身体を翻(ひるがえ)し、その軌道を紙一重で回避する。さらに回転の遠心力を乗せ、そのままゴーストのコアがある高さへ刃を薙ぎ払うも――。


「きしゃ!」


 ゴーストは反射的に身を沈め、間一髪で私の刃を躱す。私の刃は何も斬れず、ただ虚しく宙を彷徨う。


 ゴーストはしゃがんだ姿勢からばねのように跳ね起き、その勢いのままナイフを下から斬り上げる。

 

 私は後方へ跳び、その一撃をかわす。しかし、ゴーストは空振りにも動じない。着地した私との距離を一瞬で詰めると、私の脳天めがけてナイフを振り下ろした。


 集中力を研ぎ澄ました私の周囲の景色がゆっくりと流れ始める。迫り来るナイフの軌道を冷静に見極め、私は刀を滑り込ませた。


「ぎしゃ!?」


 金属同士がぶつかり合い綺麗な火花が散る横で、汚い悲鳴を出すゴースト。しまった!? そんな意味合いを含んだ悲鳴を上げるも、ゴーストのナイフはあれよあれよと私の刀身に沿って滑りゆく。


 前方へとバランスを崩すゴーストに、私の刃はコアを捉えた。


「てやあああっ!」


 気合の咆哮とともに、刀を一閃する私。


 白刃は紙を裂くように滑らかに走り、コアごとゴーストの胴を真っ二つにした。


「ぎしゃ……ああぁ……」


 コアを断たれたゴーストは力なく断末魔を漏らすと、その身体は無数のガラス片へと砕け散り、光の粒子となって天へと昇っていった。

 最後の光の粒が空へ溶ける頃には、ゴーストに憑依されていたマネキンはただの抜け殻となり、音を立てて地面へ崩れ落ちる。


「光ちゃん、どんどん動きが良くなってるね。ちゃんと受け流しも使いこなして、教えたことをしっかり実戦で活かせてる。すごいよ」


「そ、そうですかね~。え、えへへ……」


 戦いを終えるなり、開口一番に雫さんからの誉め言葉が。


 憧れの人から面と向かって努力を認められる。その嬉しさに胸が温かくなる一方で、どうしようもない照れくささが押し寄せ、体をくねくねとさせながら、頬が自然と緩む私。


「うんうん。その調子で、これからも精進するように」


 雫さんは少しだけ胸を張り、まるで上官のように誇らしげな口調で告げる。


「サー! イエッサー!」


 私が勢いよく敬礼して応えると、雫さんはその様子が可笑しかったのか、くすくすと笑みをこぼした。


 その笑顔につられて私も笑みを浮かべる。


 穏やかな笑い声を交わしながら、私たちは心地よい達成感に包まれたまま学院への帰路についた。

          



                 *



 

「神崎さ~ん!」


「おわっぷ!」


「お~もふもふだ~。もふもふ~」


「そ、反町先輩、ぐるじ、い……です」


 学院から帰還して帰路に着いてるときに、背後から反町先輩に勢い良く抱き着かれる。反町先輩は抱き着く私のもふもふ具合にご満悦で、、満面の笑みで頬ずりまでしてくる。


「神崎さんを抱き枕にして寝たら、絶対に睡眠の質が上がるよ。ねね、今日から私専用の抱き枕に――って、いたたた! はーちゃん。耳、引っ張んないで、痛いってば!」


「ん、神崎さん。ごめん、渚が迷惑かけた」


 臼井先輩は表情ひとつ変えず、反町先輩の耳をぐいっと引っ張る。耳が引きちぎれる勢いで引っ張られた反町先輩は強制的に私の抱擁を断念。


「あ、いえ、全然大丈夫ですので」


「ん。そう? じゃあ」


 そう言うや否や、今度は臼井先輩が遠慮なく私を抱き寄せる。頬をすり寄せ、心ゆくまで私のもふもふを堪能し始めた。


「ん。神崎さん、今日から私専用の抱き枕になるべき。あと、私専用のなでなでも所望する」


「ちょっとちょっと! はーちゃん、私をダシにしてそのお願いはどうかと思うよ。しかも、なでなでまでしてもらおうなんて強欲すぎる。それなら私だってやってもらいたい!」


「ん。先着順」


「そんなルール初めて聞いたよ!」


 互いに譲る気のない二人は、ああでもない、こうでもないと言い合いながら、そろって私を抱きしめてくる。


 そんな賑やかなやり取りを見ていた雫さんは、苦笑を浮かべながら口を開いた。


「二人共。光ちゃんも任務でお疲れなんだから、そこらへんでね?」


「は~い」


「ん。しょうがない。雫ちゃんに免じて、引き下がる」


 二人は雫さんの言葉に従い、私の元から離れる。と、そこで、反町先輩は何かひらめいたように「あ!」と声を出す。


「明日。四人で私の部屋で遊ばない?」


 突然の提案に、雫さんと臼井先輩は顔を見合わせることもなく答えた。


「私は別にいいけど」


「ん。私も構わない」


 二人が快く承諾すると、反町先輩は嬉しそうに笑みを弾けさせる。そして最後に、期待に満ちた視線を私へと向けてきた。


「私は……そのぉ」


「およ? もしかして神崎さん何か用事でも?」


「あ、いえ。用事ではないんですが……」


 私は立花さんとの最後の戦いのために、鍛錬につぎ込むつもりだった。


「光ちゃん。明日は休養日なんだから、ちゃんと身体を休めなきゃ駄目だよ? 今日は九州まで任務に行ってきたばかりで、帰ってきたのもこんな時間なんだから」


 私が言い淀んだ理由を察したのか、雫さんは優しく言い聞かせるように微笑んだ。

 今日の任務は九州地方まで遠征し、二体のゴーストを討伐した。学院へ戻ってきた頃には、空はすっかり白み始め、時計の針は深夜四時を回ろうとしていた。


「起きて鍛錬できても、ほんの少しだけ。それに任務の疲れも残ってるだろうし、中途半端に身体を動かすくらいなら、今日はきっちり休んだ方がいいと思うよ」


 確かに雫さんの言う通りだ。


 この時間から眠れば、目が覚めるのは昼頃。鍛錬に充てられる時間はほんのわずかしかない。それなら無理をするより、しっかり身体を休めて万全の状態で次の鍛錬に臨んだ方が、きっと実になるはずだ。


「……分かりました。では、私も一緒に遊びます」


「やった! じゃあ、明日の十四時に私の部屋へ集合ね!」


 反町先輩は満面の笑みでそう告げた刹那。


「ふっふっふ。何やら楽しそうな匂いがするわね」


「「「うわ!?」」」


「うわああああああああ!!!」


 唐突に私たちの輪に割って入る声に、反町先輩、臼井先輩、私は声をそろえて驚くものの、それ以上に驚いた者がいた。


 雫さんだった。


 聞いたこともないような悲鳴に私は西園寺先輩が割って入ってきた驚きよりも、雫さんの驚きっぷりに、驚きを通り越して困惑してしまう。声もそうだが、身体も驚きを表現しており、雫さんは両手を天に引っ張られているかのように両手を思いっきり上げていた。


 そして、驚きのあまり傍に居た私にしがみつく。


「ぐええええええ!」


 雫さんは驚きのあまりに心に余裕がないのか、力の限りしがみつきに全力投球。体がみしみしと軋みを上げて、充分な空気を取り入れることが出来ず、私は窒息寸前だった。


「じ、じず、ぐ、ざ……ぐる、ぐるじ、ぃ……」


 私は掠れながらも声を絞り出し、抱き着く雫さんの背中をぽんぽんと叩いた。


「あ、ひ、光ちゃん! ごごご、ごめんなさい!」


 雫さんはすぐに我を取り戻し、私を解放した。抱き着きから解放された私は、急に空気が肺に取り込まれたせいで、けほけほとせき込む。


「ん。大丈夫? 神崎さん」


 臼井先輩はせき込む私の背中を優しく摩ってくれる。少ししたら、呼吸も安定してきて、せき込むことも無くなっていた。


「ひ、光ちゃん。ほ、本当にごめんなさい!」


「はあ、い、いえ、だ、大丈夫です」


「ごめんなさいね。別に驚かせるつもりなかったんだけど」


「驚かせるつもりがなかったのなら、どうして気配を消して私たちに近づいたんですか!?」


「……なんとなく?」


「なんとなく? じゃ、ないですよ! 本当にびっくりしたんですから! ひ、光ちゃん。本当にごめんね」


 雫さんは西園寺先輩に言いたいこと言うと、私の背中をさすさすと摩り、謝罪を口にする。

 

「わ、私は大丈夫ですので、気にしないでください」

 

 ま、まあ、ちょっと一瞬だけ三途の川を渡りかけたけど、結果的には生きてるので、私的にはすべてよしだった。

 

 あの雫さんがそこまで取り乱すなんて見たことがなかったから驚いたけど、それはそれで新鮮だったので、逆に私からすれば、新たな一面が見れたことがちょっぴり嬉しかった。


「それより、西園寺先輩はどうして私たちの元へ?」


 反町先輩は西園寺先輩が私たちに声をかけた理由を質問する。


「私も明日四人の中に加わりたいな~って思ってね。私、今日補欠だったから、明日授業休みだし」


「私は構いませんよ、みんなは?」


 反町先輩の投げかけに、全員そろって頷いた。西園寺先輩はその様子に「やった」と笑顔を零す。


「じゃあ、西園寺先輩も加わると言うことで、改めて十四時に私の部屋に集合ってことで」


 こうして今日の午後、私たちは反町先輩の部屋で五人そろって遊ぶことになった。




 ――この時、私は知らなかった。心身をすり減らす悲劇の始まりだと言うことに。

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