57話 光VS焔(二回目)
「さ~てと、今回もサクッと終わらせますか」
私の正面に立つ立花さんは、燦々とグラウンドを照らす太陽へ向かって、大きく伸びをした。
この軽口といい、今から模擬戦に臨むとは思えないほど気の抜けたその態度といい――この余裕ぶりを見れば分かる。立花さんにとって私は、勝敗を左右する相手ですらない。
精々、飛び回る羽虫を一匹払い落とす程度の手間に過ぎないのだろう。
立花さんは見下すように私の方へと視線を向けると、何がおかしいのか、お腹を抱えてけらけらと笑いだした。
「あ~あ、おもしろ。茶番でしかないこの戦いを、そんな険しい顔して臨みに来るなんて『凡人』って言うやつは、ほんと滑稽で惨めな生き物よね~。何? あんた、もしかしてあたしを笑い殺しに来たの? だとしたらとんだ策士ね」
立花さんはひとしきり笑ったのか、「あ~あ」と言いながら、目元からにじみ出た涙を拭う。
「立花さんにとって茶番かもしれないけど、私にとっては大事な戦いなの。私の人生を左右する戦いだから」
「ふ~ん。そうなの。じゃあ、先に謝っとくわ。ごめんなさいね。あなたの人生をめちゃくちゃにして。ああ、でも、恨むならあたしじゃなくて、『凡人』の自分を恨みなさいね」
立花さんはもう自分の勝ちが揺るぎないと確信している。まだこの戦いは続くと言うのに。
「……そんなのまだ分からないよ。私が勝つ可能性だってあるんだから」
「あたしに、勝つ? くく、あーはっはっは! 待って待って、それ本気で言ってるの? あれだけ無様に、何一つとしてあたしに届かなかったのに? 大言壮語にもほどがあるって。西園寺穂花もそうだけど、『凡人』って言うのは、どうしてこうも現実を見ようとしないの? バカでしょ」
立花さんの瞳には、嘲笑と憐れみが入り混じっていた。
「ああ、そうか。あんたの場合は、この戦いが人生を左右するんだもんね。だとしたら、そりゃあ、勝つ可能性に、その一縷の望みに縋りたくなるのも仕方ない、か」
立花さんは、まるで私の抱いている希望そのものを嘲るように、口元を歪める。
「じゃあ今日は、その可能性に縋ることすら無駄だって思い知らせてあげる。あんたには、あたしに勝つなんて絶対に無理なんだってね」
どこまでも傲慢に。
どこまでも不遜に。
どこまでも横柄に。
そして、こちらの心をわざと踏みにじるように。
立花さんは、嫌味と嘲笑をこれでもかと織り交ぜながら、私を挑発し続ける。
前回、私は立花さんの挑発に乗ってしまい、怒りに吠えたけど、今日は意識改革のために、冷静さを常に意識していたため、その挑発には乗らない。
「……雫さん。早く戦いの合図をお願いします」
「くく。余裕のない人はほんと可哀そう。まあでも、あんたの言う通り、早く戦いを始めましょう。この茶番に時間を使うのも無駄だし……白雪先輩、試合の合図をお願いします」
私と立花さんは雫さんに目配せをすると、雫さんは小さく頷き、
「二人がそう言うなら始めちゃうわね」
雫さんは隣にいる守護君に試合開始の合図を任せる。タイマーが作動し、私と立花さんは互いを互いの正中線に刃をピタッと添えて、試合の火ぶたが上がるのを待つ。
ブウウ!!
グラウンド内にブザー音が響き渡る。
「ふっ!」
前回と同様、立花さんは試合開始と共に目にも留まらぬ速さで、間合いを詰めると、刀を振るう。
染みついた癖なのか、立花さんの間合いから詰めたあとの刀の動作が、一切の無駄なく、川の流れのように自然で、一種の芸術のように美しい。
それを、当たり前のようにやってのけるのが、立花さんの技量の高さが伺える。
私は受け流しの態勢に入り、立花さんの刃を迎え撃つ。
ちらっと視界に立花さんを映せば、浅はかだと言うように、にやりと口端を歪ませていた。
この状況は前回と全く同じで、だからこそ、私は立花さんはまた軌道を変えると予想。
受け流す体勢はそのままで、しかし、意識は立花さんの刃に集中させる。
私は受け流す体勢をとっているものの、刀に力は込められておらず、ただ形だけの受け流しとなっている。
立花さんの刃は、今も私の刃に引き寄せられるように、接近していく。私は集中して立花さんの刃の軌道に集中する。全集中する。
立花さんの軌道が変わるその瞬間を、私は逃さないように全部の意識を集結させる。
ほのかにゆっくりとなった時間軸で私は立花さんの刃を見届け、ついに、目と鼻の先に立花さんの刃が接近。
私の予想が正しければ、立花さんはここで刃の軌道を変えて、隙だらけの身体の位置に刃を移動させてくる――はずだった。
「あ、きゃっ!」
しかし私の予想は外れ、立花さんは私の刃にそのままぶつけてきた。形だけの受け流しは容易に崩され、刀ごと私の身体は真横に吹き飛んだ。
身体にかかる風圧は凄まじく、髪の毛もそのかかる風圧に耐えきれず、まるで無造作に髪を引っ張られてるような痛みが襲う。
視界の景色は目まぐるしく変わり、あまりにも速く移り変わるせいで、地面も、空も、周囲の風景も、何もかもが溶け合い、境界すら失っていく。
けど、そんなめちゃくちゃな視界の中、まるでそこだけ時間から切り離されたかのように、鮮明に映るものがあった。
それは、陽炎のように揺らめく真っ赤なツインテールをなびかせながら、刀を構える立花さんの姿だった。
やばっ!
そう思い、私はすぐさま刀を盾にしようと試みようと――そう思った。しかし、私は稽古の時の雫さんの言葉を思い出す。
焦っちゃダメ。冷静に、冷静に。冷静になれ私。
自分にそう言い聞かせることで、半ば自己暗示をかけるように、逸る気持ちを少しずつ落ち着かせていく。
立花さんは一気に間合いを詰めると、間髪入れずに刀を振りおろした。
雫さんとの模擬戦でこの似たような状況はあった。あの時と同じ、私は腰を捻って刀の間合いを外す選択を取ることに決め打つ。
私は寸での所で腰を捻り、ぎりぎりのところで立花さんの刃を躱し、そのまましっかりと着地。しかし、私は安堵することもなく、立花さんの動向を見守る。
立花さんは回避されたのが意外だったのか少しだけ目を見開くも、すぐに表情を引き締める。先程の一撃で私を沈めるつもりだったのか、瞳には苛立ちが募っていた。
立花さんが地面を蹴った。
その苛立ちを私へ叩きつけるかのような勢いで私の懐に潜り込むと、白き刃を掲げ私の脳天へと振り下ろす。
私は冷静に、冷静に、立花さんの襲い掛かる白刃を視る。
鋭く、早い攻撃だが、全集中を注いだ私の意識は、現実との時間軸がずれ、ほんの少しだけだけゆっくりと見える。
私はゆっくりと襲い掛かる白刃を視て、視て、視て……
「!?」
立花さんの目は大きく見開かれた。
立花さんの刃が私の脳天にぶつかる目と鼻の先で、私の刀に阻まれる。私はここにきて初めて受け流しを成功させた。
立花さんは驚きに一瞬だけ意識を囚われた。そのせいで判断が遅れ、刃が私の刀の軌道に乗り――ついにはバランスを崩す。
今!
私はその隙を見逃すことなく、立花さんの腰を真っ二つしようと刀を振るう。私の勝利は目前であった――。
「な!?」
次はこちらが驚く番であった。
なんと立花さんは前のめりな不十分なバランスにも関わらず、無理やりに脚を動かして跳躍し、私の刃の応酬から逃れたのだ。
私の刃は空? を斬った。
無理やりな態勢だったにも関わらず、立花さんは無駄のない動きで、軽やかに立ち上がると、流れるように私に向かい、刀を振るう構えをとった。
「くっ!?」
勝利を半ば確信していた私は回避された驚きにより、一瞬だけ思考が停止。そのせいで、冷静さを失い立花さんの構えに過剰に反応し、私は咄嗟に刀を盾にする。
その時、立花さんはにやりと嗤いを浮かべた。その瞬間、私は、私は――。
――負けを悟ってしまった。
立花さんは刀を盾にした別方向から刃を仕向け、がら空きの私の左腰辺りから、刃を通そうとして――。
カン!
「ショウシャ! タチバナホムラ!」
立花さんの刃をアームで止める守護君の勝敗宣言が響いたのであった。




