54話 証
あっけなかった。
何もできなかった。
無力だった。
私の胸中を満たしているのは、そんな言葉ばかりだった。
せっかく新しく教わった受け流しの技術も、活かすことすらできなかった。試すこともできず、ただ一方的に翻弄されて、敗北した。
敗北。
敗北、敗北、敗北、敗北……。
「はは! あと二回……あと二回、あんたを叩きつぶせば、白雪先輩とパートナーに! ああ! 今から待ち遠しい!」
そんな私とは対照的に、立花さんは勝利の余韻に酔いしれていた。
心ここにあらずの私をよそに、立花さんはわざわざ目の前でピースを作るように二本の指を立てて、私の残りライフを視覚的に認識させてくる。
恍惚とした表情を浮かべる立花さんの姿は、これから手に入るものへ恋い焦がれる少女そのものだった。
立花さんは私に目もくれることなく、背を向けると、一歩前へと足を踏み出す。その足が向かう先にいるのは、彼女が待ち焦がれている人――すなわち、雫さんだった。
「白雪先輩。待っていてください。もうすぐ、あたしがあなたの隣に立ちますから」
立花さんは快活の良い声色で、雫さんにそう告げると訓練所から姿を消した。
後……二回。
それまでに、私は立花さんに勝たなければならない。勝たないといけない。そうでなければ、雫さんとのパートナーが……。
私の、憧れが……。
ううん。まだ二回ある。それまでに死に物狂いで努力して頑張れば、まだ勝てる可能性がある。
そうだ。
まだ、すべてが終わったわけじゃない。あと二回。その二回のうちに勝てれば、それで――。
「光ちゃん。お疲れ様、よく頑張ったね」
雫さんが、我が子を褒めるように私の頭を優しく撫でる。その手のひらは温かいのに、私の胸の奥はどんどん冷たさが増すばかりであった。
この温かな手も。
その優しい眼差しも。
その慈しみの笑顔も。
あと二回。
その二回の内に私が勝てなければ、全部が全部、立花さんのものに、立花さんだけのものになってしまう。
雫さんの隣に立つのも。
雫さんから向けられる、この温もりも。
そして――私の憧れも。
立花さんに全てを奪われる。奪われてしまう。そう思うと、胸が締めつけられるようだった。
――怖い。
今こうして感じている雫さんの温もりが、逆に失った後の未来を、あまりにも鮮明に想像させてしまう。
ううん! ダメ! 弱気になるな私! 大丈夫、大丈夫。後、二回ある。それまでに立花さんに勝てれば万事解決! それに、雫さんは私が勝つと信じてくれている。
雫さんが私を信じてくれるのなら私も……私も雫さんが信じてくれた私を信じる。
そうだ……信じればいい。
「雫さん。すみません、不甲斐ない結果に終わってしまって……」
「ううん。光ちゃんはよくやったよ。私から学んだ受け流しの技術を活かそうとしてたし」
「でも、それも結局、何も意味を為せませんでした」
雫さんからせっかく学んだ受け流しの技術も空振りに終わり、結局私は何一つとして学んだことを活かせないまま、戦いを終えてしまった。
「光ちゃんはちゃんと受け流しをやろうとしていた。学んだ技術を戦いに活かそうとしていた。それだけで充分意味はあった。ちゃんと成長してる証だよ」
結果だけを見れば、私はあの戦いで何もできなかった。けれど、雫さんは結果だけを見ることはしなかった。
できるようになろうとしたこと。
学んだ技術を、実際の戦いで活かそうとしたこと。
そんな小さな変化を一つひとつ拾い上げて、あの戦いにもちゃんと意味があったのだと、雫さんは優しく言葉を紡いでくれる。
それは、何もできなかった私でも、確かに前へ進んでいるのだと教えてくれるような、温かい言葉だった。
「光ちゃんはよく頑張ったよ。上出来なんて言葉じゃ足りないくらい、上出来だよ。だから……だからね。不甲斐ないなんて思わないで。ちゃんと意味のある戦いだったんだから」
「……雫さん」
私の頭を優しく撫でる雫さんの手をそっと両手で包み込む。
「私、もっと強くなりたいです!」
私の意気込みに雫さんは快活よく大きく頷く。
「うん。その意気だよ光ちゃん。大丈夫、私も光ちゃんをもっともっと強くさせるために協力するから。頑張ろう!」
雫さんは撫でてないもう片方の手でぎゅっと拳を作ると私の前へ突き出してきた。
「はい!」
私も同じように拳を握り、差し出された雫さんの拳へ、コツンと自分の拳を重ねた。
戦いには負けてしまった。けれど、あの戦いの中で私は確かに一歩前へ進むことができた。受け流しを実戦で試し、学んだことを活かそうとした。その小さな一歩を、雫さんは「成長の証」だと言ってくれた。
負けたことだけではなく、そこに至るまでの過程にも意味があり、そう思えること自体が、私にとっては大きな進歩だった。
こうして、立花さんとの一回目の模擬戦は幕を閉じたのであった。




