49話 認められない存在
「ひ、光ちゃん! か、買ってきたよ!」
そう言って凜ちゃんは、手に提げた白い袋を掲げる。薄い袋越しには、おにぎりが二つと、お菓子らしきものが入っているのが見て取れた。
「ありがとう、凜ちゃん」
ちょこちょこと凜ちゃんは私のもとへ小走りで駆け寄ると、テーブルの上に袋の中身を一つずつ並べていった。
ついさっき病院食を食べたばかりだというのに、目の前に並んだおにぎり二つとクッキーを見た途端、眠っていた食欲がむくりと顔を出す。
並べられた食べ物をじっと見つめていると……
「こほん!」
「っ……!」
すぐ傍からわざとらしい咳払いが聞こえた。視線を向ければ、師匠が鋭い眼差しで私を見つめていた。
「あ、えっと、凜ちゃん。ごめん。せっかく買ってきてもらったんだけど、えっと、私、お腹いっぱいで……」
「そ、そうなんだ……」
「ほ、ほんとにごめんね!」
「あ、ううん。き、気にしないで、いいよ」
「だから、その、せっかくだから買ってきたものは凜ちゃんが食べてよ」
「う、ううん。も、もしかしたら、ひ、光ちゃん。急にお腹が空くかもしれないから、取っておく、よ」
「え? あ……」
凜ちゃんは万が一に私がお腹が空いたときに備えて、保存しておく選択肢を取り、テーブルに並べられた食べ物をもう一度、袋に入れなおす。
私はまさかの行動にあっけに取られてしまい、固まったまま動けなかった。
「じゃあ、四季が食べますね」
「え……? あ!」
師匠はおにぎりを一つテーブルから手に取ると、躊躇することなく、包装を開封していく。
「あ、嵐山さん! な、何してるの!?」
「何って、おにぎりを食べようとしてるだけですが?」
あまりにも当然といった口調に、凜ちゃんは目を丸くし、口を半開きにしたまま言葉を失う。
「あ……すみません。やっぱり急にお腹がいっぱいなったので、水無月さんに差し上げます」
「そ、そんな、勝手な!」
「ですが、どうします? もう開封してしまいましたし、このまま放置するのももったいないでしょう?」
師匠は右手に持つおにぎりをわざとらしく上げ下げして、凜ちゃんに視線誘導していく。凜ちゃんの視線は、まるで吸い寄せられるようにおにぎりを追う。
くきゅるるる……。
「あう……」
凜ちゃんの胃がおずおずと手を上げ、空腹を自己申告する。
「ほら、水無月さん、お腹が空いているみたいですし、食べてください。ここで倒れられたら、困りますし……ね?」
師匠は私にちらりと目配せをする。何を言ってほしいのか、瞬時に理解した私は小さく頷き、その意図に応えるように口を開く。
「う、うん。凜ちゃん、私のことは気にしないで食べて。凜ちゃんが倒れたら、私、悲しいから」
「悲しい……。わ、分かった。じゃ、じゃあ遠慮なく、い、いただくね」
凜ちゃんは私の「悲しい」という一言に背中を押されたように、小さく頷くと師匠からおにぎりを受け取った。
そして、おずおずと一口頬張り、もぐもぐと食べ始める。
頬をいっぱいに膨らませて夢中で頬張る姿は、まるで子リスのようだった。その愛らしい様子を眺めているだけで、私の頬が自然と緩んでしまう。
師匠と私は、そんな凜ちゃんがおにぎりを食べ終えるまで、見守り続けたのであった。
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「それにしても、神崎さん。とんだ『災難』でしたね」
師匠の指す『災難』とは、おそらく、立花さんとの模擬戦のことを言ってるのだろう。
「さ、流石にあそこまでやるのは、違うよ! 見てて凄く辛かった……」
凜ちゃんはあの光景を思い出したように表情を悲痛で曇らせ、小さく俯いた。
「水無月さんあの後、立花さんに食ってかかっていましたからね」
師匠のその一言に、私は目を見開く。
「え……!? り、凜ちゃん、本当なの!?」
「だ、だって……ひ、光ちゃんを、あ、あそこまで傷つけたから……ゆ、許せなくて」
「勢い余って楯突きすぎて、危うく立花さんに殴られそうになりましたけどね」
「えええっ!? り、凜ちゃん、大丈夫だったの!?」
「う、うん……。と、途中で朝倉先生が止めてくれたから、大丈夫だよ」
その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていたものがほどけるように、私は安堵の息を吐く。
「そ、そうなんだ。よかったぁ……」
まさか、私が意識を失った後にそんな惨劇になっていたなんて思ってもみなかった。
凜ちゃんが殴られかけたと聞いた時は、冷や汗をかいたが、怪我一つなく無事だったと知って、心の底からほっとする私。
凛ちゃんはどこまでも私の事を想っていてくれて嬉しい反面、その想いが強すぎるがあまり、自分の身を顧みないのは、心配だった。
私だって、大切な友達が傷つく姿なんて見たくないのだから。
「立花さん、相当神崎さんを目の敵にしていますからね。当分はつっかかってくるでしょう。なんせ、自ら『天才』を名乗るくらいですから。あの方のプライドは相当高いですよ」
立花さんのプライドの高さは筋金入りだ。今日の戦いでよく思い知った。
立花さんは自らを『天才』と称し、それ以外の人間を見下していた。彼女にとって、自分に及ばない者は皆、『凡人』でしかないのだろう。
一方で、自分が認めた『天才』には惜しみない敬意を向ける。
模擬戦で雫さんについて語る姿は、尊敬というより、もはや崇拝に近いものだった。それが何よりも証左だ。
だからこそ、信じられないのだろう。
『凡人』だと見下している私が、その雫さんのパートナーであるという事実が。
……まあ、その気持ちは私にも分かる。
正々堂々と戦い、雫さんが提示した勝利条件を満たした。その結果、私は雫さんとパートナーになることが出来た。
頭では理解している。けれど今でも、「どうして私が勝てたんだろう」と不思議に思うことがある。
それでも、結果は結果だ。私が勝ち、雫さんとパートナーになったという事実だけは、誰にも覆せない。
……もっとも、半年前の私がその話を聞いても、きっと立花さんと同じように信じなかっただろう。
あの日の勝負を見届けたのは、私を含めた四人だけ。真相を知る者は、それ以外にいない。
事情を知らない立花さんからすれば、私が何らかの不正な手段で雫さんに取り入ったと考えてしまうのも、無理もない話。しかも、学院で最弱の部類に入るであろう私なんかが、だ。
当然と言えば当然だ。
おそらく、立花さんは私が雫さんの隣に立ち続ける限り、突っかかってくるだろうと思う。
「ううぅ……胃がキリキリするよぉ」
私は明日からの学院生活の憂鬱さに弱音を吐き、痛む胃を優しく摩る。
「ひ、光ちゃん! あ、安心して、わ、わたしが命をかけて守る、から!」
凜ちゃんは勢いよく身を乗り出し、「ふんす!」と鼻息荒く意気込んだ。
「うう……ありがとう凛ちゃん。でも、命は大事にして〜」
涙ぐむほど嬉しかったけれど、その頼もしすぎる宣言には思わずツッコミを入れずにはいられなかった私なのであった。




