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50話 積み重ねの先に

「光ちゃん。今日、鍛錬をするから、授業が終わったらそのまま第二訓練所に来てくれる?」


「たん、れん……」


「あ、もしかして、何か用事あった?」


「あ、いえ! 全然大丈夫です! 分かりました。授業が終わったらそのまま行きます!」


「そう? じゃあ、よろしくね」


「はい!」


 凜ちゃんとラウンジで昼食をとっている最中、雫さんから放課後の鍛錬に誘われた。


 パートナーとなって初めて雫さんからの鍛錬の誘いに、嬉しさのあまり私はその言葉を理解するまで、一瞬思考が止まってしまった。


 私の返事を聞いた雫さんは、その場を後にしようと踵を返した―—。


「白雪先輩!」


 鋭く響いた呼び声に、雫さんは足を止めて振り返る。ラウンジに繋がる階段に、赤いツンテールを垂らした立花さんの姿が。


「あなた……」


 その姿を認めた雫さんは、小さくため息を漏らす。


 立花さんはツインテールを揺らして、ずかずかと足音を立てながら階段を降りると、雫さんの横で足を止めた。


「やっぱり、あたしは認めません! こんなやつが白雪先輩とパートナーなんか! こんな『凡人』より、『天才』であるあたしの方が白雪先輩のパートナーとして相応しいです!」


 周囲に大勢の生徒がいることなどお構いなしに、立花さんは私を引き合いに出し、自分こそが雫さんのパートナーに相応しいのだと私に指を差しながら声高に訴えた。


「昨日も言ったでしょ。私は光ちゃんに負けたって」


「信じられません! 白雪先輩ほどの『天才』が、こんな『凡人』に負けるなんて!」


 立花さんはそう叫ぶと、雫さんの右手を両手で包み込むように握った。


「白雪先輩……あの輩に何か脅されて、無理やりパートナーを組まされているんですよね? あたしに相談してくだされば、あんな奴、あたしが――!」


 私を射抜くような睨みには、隠そうともしない敵意が宿っていた。


 そんな立花さんを前に、まるで何度も同じやり取りを繰り返してきたかのように、雫さんは疲れたようなため息を漏らし、静かに首を横へ振った。


「……何を言っても、立花さんの考えは変わらないのね」


「はい!」


「はあ……分かったわ」


 雫さんは左腕で右肘を支えながら、右手の人差し指を顎に添えて小さく思案する。 その途中、私へ一瞬だけ視線を向けると、何かを決めたように口を開いた。


「じゃあ、証明してみなさい」


「しょ、う、めい……?」


「あなたが光ちゃんよりもパートナーに相応しいと言うなら、私の前で光ちゃんと戦って勝ってみなさい」


「雫さん!?」


 あまりにも突然の提案に、私は思わず椅子から立ち上がってしまう。


「ほ、本当ですか!?」


 焦る私に反して、立花さんはその提案に目を輝かせる。雫さんはそんな彼女を見つめ、「ええ」と頷いた。


「ただし、一度の勝負で決めるのは光ちゃんにとって公平とは言えないわ。先に私のパートナーになったのは光ちゃんなんだから、その立場をたった一度の勝敗で奪うのはあまりにも理不尽。だから、立花さんには今週。来週。再来週と渡って三回、光ちゃんと戦ってもらう。もし、そのすべてに勝てたなら、私はあなたとパートナーを組むわ」


 雫さんは立花さんに条件を言い渡すと「どう?」と立花さんに訊く。


「ははっ! もちろん、その条件で構いません!」


 立花さんは勝利を疑う様子もなく、自信満々に笑みを浮かべる。


「あら、自信満々ね?」


「当たり前です! 『天才』であるあたしが、こんなぼんくらに負けるはずありませんから。昨日の模擬戦だって、こいつは何もできないまま、あたしに敗北しましたし」


 立花さんは勝ち誇った笑みを浮かべながら、昨日の模擬戦で私を一方的に叩きのめしたことを、これ見よがしに語った。


「勝負の日程はこちらで決めて連絡するわ」


「分かりました。ご連絡、お待ちしています」


 立花さんは「失礼します」と雫さんへ丁寧に一礼すると、くるりと踵を返す。


 その途中、私へちらりと視線を向けると、勝ちを確信したように口元をにやりと歪め、そのままラウンジを後にした。


「し、雫さん!? ど、どうしてあんな約束を!?」


「だって、このままじゃ、埒が明かなそうだったからね」


「だ、だとしても、あの条件は流石に。わ、私が負けたらどうするんですか!?」


「大丈夫。光ちゃんは負けないよ。絶対に」


 雫さんの眼差しは、先程の立花さんと同じように、勝ちを信じて疑わない、絶対的な勝利を宿していた。


「ど、どうして、そんな確信……」


「だってあの子は……『努力』や『頑張る』ことをしてないから」


「ど、どういう意味ですか?」


「実は私、あの子がゴーストに襲われているところ救ったことがあるのよ」


「そうなんですか?」


「ええ。その時に、ほんの少しだけだけどゴーストと戦う姿を目撃してね。体の身のこなしは常人のそれだったわ。そして、月日を経て、パートナー選抜の日。憧れが多い中、唯一あの子だけは、ただ純粋に尊敬の念を以て私と戦った。去年の時と照らし合わせて、強いのは確かよ。だけど……」


 雫さんは一拍置き、


「強さの向上は見られなかった」


 ただ淡々と事実を述べた。


「こう、じょ、う?」


「そう向上。あの子はその時と強さが変わらない。それは、強さを磨く努力をしてないから。その一点に限る」


 強さは向上してない。それは分かった。でも、強さが変わらないんじゃ、私にはどだい無理だ。

 三回にわたって戦うとのことだけど、勝てる未来がまるで見えない。しかも、その三回は再来週までには決してしまう。


 その短期間で、強さを磨き立花さんに勝利するなんて、無理難題すぎる。


「で、でも、私が立花さんに勝てるなんて……」


「思わない?」


 雫さんは私の言葉の続きを察して言う。私は雫さんの言葉に「はい……」と力なく頷く。


「光ちゃんは私に勝った。あの子が成し遂げられなかったことを光ちゃんは成し遂げたのよ?」


「でも、それは、単なる『奇跡』で」


「じゃあ、その『奇跡』をもう一度起こしてみなさい」


「そ、そんなの無謀ですよ!」


「無謀? 私は起こせると思うよ『奇跡』」


 雫さんの瞳には真摯な輝きだけがあった。その輝きに私は息を呑む。


「どうして、そこまで信じてくれるんですか?」


 思わず問い返した。


 私には分からなかった。


 雫さんに勝てたのは、ただ運が良かっただけ。何かが噛み合った、二度と起こらない奇跡だった。そうとしか思えなかったから。


 そんな私を、どうしてここまで信じられるのだろう。


「光ちゃんはあの戦いで私にまた、憧れを信じさせてくれた。だから、私はあなたを信じ切れるの。それに……光ちゃんはさっき『奇跡』って言ったよね」


「は、はい……」


「でもね、『奇跡』って何もないところから生まれるものじゃないの。奇跡って言うのは――」


 雫さんは一拍だけ設ける。


「積み重ねた努力の先にあるものなのよ」


「積み重ねた努力の先?」


 雫さんは「そう」と静かに頷く。


「光ちゃんの努力は、実際に刃を交えて、私も身を沁みて感じた。すっごい頑張ってきたんだなって、痛いほど伝わってきた。だからこそ、その積み重ねた努力があったからこそ、『奇跡』は起きたの。だから、私は信じてる」


 雫さんは私の瞳を真っ直ぐ見つめる。その眼差しには、一片の迷いもなく、揺るぎない。


「……」


「光ちゃんなら、また必ず『奇跡』を起こせるって」


 雫さんは、そっと私の右手を取ると、優しく、強く両手で包み込む。


「信じてる」


 言い切るその声は穏やかなのに、不思議なくらい力強い。


 どうしてだろう。さっきまで無謀だと思っていたのに、今は、もう一度『奇跡』を起こせるかもしれない。


 そんな根拠のない想いが、胸の奥で静かに芽吹いた私なのであった。

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