47話 生き地獄
正面に立つ立花さんは、苛立ちを隠せないのか、右脚のかかとを小刻みに上下に動かしていた。
――ブウウウウゥゥゥゥ!!!
守護君のタイマーがゼロを示し、開始のブザーが鳴り響く。
その瞬間、立花さんの姿が掻き消えた――と思ったら既に私の懐に入り込んでいた。
私はスタート開始前の立花さんの様子を見て、スタートと同時に特攻するのは何となく予測していたので、ほとんど反射的に身を低くして斬撃をかわそうとした。
私の頭の中に描いていた未来予想図では、勢いそのままに薙ぎ払った立花さんの一閃は虚空を切り裂き、その勢いゆえに生まれた隙を狙って、私はすかさず反撃へと転じる。
そんな展開になるはずだった。
……そう、なるはずだった。
「!?」
だが、立花さんは私の予想をあっさりと裏切った。勢いに任せてそのまま斬り抜けることはせず、ほんの一瞬だけ――『間』を置いたのだ。
私が身を沈めたことを見届けると、立花さんはその動きに合わせるように刀筋を変えた。
――読まれていた。
遅ればせながらそう気づいたときには、もう刃は私を捉える軌道にあった。
振り下ろされた一撃を避ける術はなく、私は反射的に刀を構えて受け止めた。金属同士がぶつかる甲高い音が耳を打ち、その衝撃が腕から肩へと突き抜ける。
「ぐ……!」
立花さんの容赦ない剣戟に、私は苦悶の表情を浮かべる。
しゃがんだ姿勢では踏ん張りがあまり利かず、一撃を受け止めるたびに身体が大きく揺らぐ。
それでも歯を食いしばり、崩れそうになる体勢を気力だけで何とか支える。しかし、立花さんの攻撃は時間が経つにつれ、速度も重さも容赦なく増していくばかり。
このままでは、いずれ防御を崩されることなど目に見えていた。
分かっていても、立花さんの剣戟は息つく暇もないほど隙なく連なり、反撃の余地も与えさせてくれない。
仮にその隙を突けるとしたら、それは針に糸を通すような、神業にも等しい繊細な技量があってこそだ。
当然そんな芸当、私なんかが出来るわけもないので、防戦一方の状況は覆ることなく……、
「あっ……」
ついに、私は耐えきれず防御を崩してしまう。後方へと倒れ込んだ私に、立花さんの慈悲は無く、追撃の手を緩めない。
私は寝転んだまま刀を構え、迫る一撃を受け止めようとしたとき――不意に立花さんの刃が私の刀を掬い上げる軌道へと変わる。
金属同士が激しくぶつかった衝撃が腕を痺れさせた。積み重なった疲労で握力はすでに限界で――、
「あ……!」
刀が、私の手から弾き飛ばされる。
しかし、宙を舞う刀へ視線を向ける暇もなく――、
「ムカつく!」
「が……!」
立花さんは怒りに身を任せて、私の腹部を踏みつぶす。
衝撃に肺から空気が一気に押し出され、私はまともに息をすることすらできなくなる。
それでも、立花さんは私の苦痛など知ったこっちゃないと言わんばかりに、、踏みつけた足へさらに体重をかけてくる。
「ぐ、う……!」
呼吸は浅くなり、酸素が足りない。薄れゆく意識を必死につなぎ止めながら、私は立花さんの足首へ震える腕を伸ばした――その瞬間。
「があああああ!」
左右の肩口に、焼けつくような灼熱が迸った。
肺にほとんど空気は残っていないはずなのに、それでも悲鳴は喉から絞り出された。滲んだ涙で視界が揺れる。
「ムカつく! ムカつく! ムカつく!」
「うっ……! ぐっ……! あぁっ……!」
立花さんは怒りのまま、何度も私のお腹を踏みつける。
踏み込まれるたび、一瞬だけ圧迫が緩み、わずかな空気が肺へ流れ込む。しかし、その直後には再び重い一撃が腹へ叩き込まれ、息をつく間もなく苦痛だけが全身を支配した。
「ムカつくうううううううう!!」
「がはっ……!」
怒りの咆哮とともに、立花さんは渾身の力で私の腹へ足を振り下ろした。
それは、それまでの、どの一撃よりも重い衝撃だった。内臓が口から飛び出してしまうのではないか――そんな錯覚さえ覚えるほどの激痛が全身を駆け巡る。
完全に虫の息となった私を見下ろすと、立花さんは胸倉を乱暴に掴む。そのまま強引に引っ張り上げ、無理やり私を地面に立たせた。
焦点の定まらない視界の中でも、立花さんの鋭い瞳だけははっきりと私を射抜いている。その赤い瞳は怒りと苛立ちの色が重なり、さらに鮮烈とした赤へと遂げていた。
「こんな雑魚に、白雪先輩が負けるなんてありえない。天地がひっくり返ってもありえない。ねえ、あんた白雪先輩に何をしたの?」
「あ、ぐっ……なにも……してない。正々堂々……戦った、だけ……」
「……ちっ」
「っ!?」
立花さんは、私の答えに苛立ちを滲んだ舌打ちをすると、膝を私のみぞおちに打ってきた。
鋭い衝撃が私を襲い、全身から力が抜ける。意識が暗闇へ沈みかけた――その時だった。
「がああああああ!!!」
激しい痛みに思わず絶叫が漏れ、途切れかけた意識が無理やり現実へ引き戻された。
「は? 何、寝ようとしてるの?」
冷え切った声が真上から落ちてくる。
「あんたが本当のこと言うまで、終わらせるわけないでしょ……で? 早く言いなさいよ。白雪先輩に何したの?」
私が雫さんとパートナーになった理由。その答えだけを求めるように、立花さんは執拗に問い続ける。
私は震える唇を動かし、かすれた声を絞り出した。
「あ……だ、だか……ら、本、当に……たたかっあああああああああ!!!」
「うざいから。さっさと本当のこと喋ってくれない?」
私の言葉をまるで信じようとしない立花さんは、容赦なく私の身体に傷を斬り刻む。
鋭い痛みが全身を駆け抜け、思わず悲鳴が漏れる。
悲鳴が途切れる暇すらなく、次の痛みが襲いかかる。
また悲鳴がこぼれる。
さらに追い打ちをかけるように攻撃が続き、そのたびに私は悲鳴を上げる。もはや私は、痛みに反応して音を立てるだけのおもちゃと化していた。
何度も、何度も、何度も。
終わりの見えない苦痛だけが積み重なり、私は果てしない生き地獄の中へ沈んでいく。
せめて意識だけでも手放したい――そう願うたび、立花さんの容赦ない攻撃が私を現実へと引き戻し、そのささやかな願いさえも無残に打ち砕いていく。
だが、始まりがあれば終わりがあるように、その生き地獄にも終焉は訪れた。
何度目かの斬撃が振り下ろされようとした、その時。
「っ!?」
「ショウシャハ、タチバナホムラサン。デス」
守護君の介入により、立花さんの斬撃は寸前で阻まれた。
「邪魔するな! あたしはまだ……!?」
守護君に食って掛かる立花さん。しかし、その抵抗も虚しく――。
「くそっ! 離せ! あたしはまだあいつに……!」
立花さんは守護君に抱え上げられ、強制的に私から引き離されていく。私の背中にのしかかっていた圧迫感が消え去った。
遠ざかっていく立花さんの怒声をぼんやりと聞きながら、今度こそ私は、深い闇へと意識を手放した。




