44話 パートナーとして
「光ちゃん」
雫さんはそう言うと、私に向けて右手を伸ばしてくる。
おそらく、私は叱られるのだろう。当たり前だ。足手まといと言われて、逃げろと言われた。それなのに私は、「自分は雫さんのパートナーだから」と、無理やり戦いに加わろうとしたのだから。
振り返ってみれば、全部、自分のことしか考えていなかった。
誰かのためじゃない。ただ、自分のためだけに動いていた。
こんな利己的で身勝手でわがままな私のせいで、雫さんに迷惑をかけてしまった。当然の報いだ。
ううん。それだけじゃない。こんな私と、この先もパートナーとして任務に赴きたいなんて思うはずがない。パートナー解消だって、あり得る。
せっかく、雫さんとパートナーになれたのに。
――それだけは嫌だった。
その現実だけは受け入れられなくて、怖くて、怖くて、私は固く目を閉じた。
現実から目を背けることしかできない。
結局、最後まで自分のことしか考えられない。そんな自分のどうしようもない人間性に、私は嫌気が差した。
心の中で自分を責め続けていると、不意に温かな手が私の頭にそっと乗せられた。
その温もりに触れた瞬間、私は閉じていた目を思わず開く。
そこにあったのは、雫さんの穏やかな笑みだけだった。
「お疲れ様。よく頑張ったね」
怒るわけでもない。叱るわけでもない。責めることも、罵ることもなく、雫さんはただ、私の頑張りを認めてくれた。
その言葉に、私の胸はひどくざわついた。
嬉しいはずなのに、どこか、身勝手な自分を、わがままな自分を、自分のことしか考えられない、どうしようもない自分を、叱ってほしいと、怒ってほしいと強く願っている自分がいた。
「どうして、どうして怒らないんですか? 私がわがままだったせいで、雫さんに負担をかけて、私が身勝手なせいで、雫さんに必要のない罪を背負わせるところだった。最後だって、私は止めをさせなくて攻撃を途中でやめて……こんなにも雫さんに迷惑をかけて、足まで引っ張ったのに。どうして、怒らないんですか?」
私は自分の愚かさも、情けなさも、全てを吐き出すように雫さんにぶちまけた。
パートナーを解消されたくないと、あれほど願っていたはずなのに。雫さんの言葉を素直に受け止めれば、それで済む話だったはずなのに。どうして私は、自ら首を絞めるようなことばかり口にしてしまうのか。
つくづく、自分という人間がわからなかった。
「……私はあの時、光ちゃんに感情論だって諭したけど、実を言うとね、私も全然冷静じゃなかったの。人型が現れた瞬間、私の頭の中は真っ白になってた。ただ一つ考えていたのは、どうやって光ちゃんを逃がすか。それだけだった」
意外だった。
確かに人型が現れたとき、雫さんの表情は一気に険しくなっていた。でも、その口調は落ち着いていて、少なくとも私には冷静に見えていた。
「だからこそ、光ちゃんが『一緒に戦いたい』って反発したとき、全然言うことを聞いてくれないことに、つい頭に血が上っちゃってね、ついカッとなっちゃった。皮肉だけど、人型に吹き飛ばされたとき、ようやく気づいたんだ。私も、人のことを言えた立場じゃなかったなって。……ごめんね」
「そ、そんな……! 雫さんは悪くありません。例え感情的だったとしても、雫さんの判断は正しいです。悪いのは私……私なん、です」
最初の一撃で、私は人型との力の差がどれだけ離れているかが分かった。
私じゃ手も足も出ないことが分かった。
雫さんの隣で戦っても足を引っ張るだけってことが分かった。
何もかも分かっていた。
分かっていたはずなのに……私は自分を優先した。
自分は『雫さんのパートナーだから』と、パートナーを免罪符にして、言い訳にして、雫さんの隣で戦いたいっていうただの自己満足のために、分かっていたことを全て棚に上げて、自分勝手な願いを押し通した。
「悪いのは……全部、全部、私なんです! 人型との力の差も、私が足手まといだってことも、雫さんの足を引っ張るだけだってことも……全部、分かっていました。分かっていたんです。それなのに、『私は雫さんのパートナーだから』なんて言い訳をして、雫さんの隣で戦いたいっていう、自己満足のために自分の気持ちを優先して、だから、悪いのは、私、なんです……」
「……」
私の告白を受けて、雫さんは何も言わなかった。
二人の空間に響くのは、嗚咽を堪えきれない私のすすり泣きだけ。
その沈黙が、何よりも怖かった。
私の言葉を聞いて、雫さんは何を思ったのだろう。
呆れただろうか。失望しただろうか。それとも――もう、パートナーとして隣に立つ資格はないと、見限られてしまったのだろうか。
今になって、後悔が胸を締めつける。
本当は、こんなことまで言うつもりはなかった。
それでも、一度溢れ出した感情はもう止められなかった。胸の奥に押し込めていた後悔も、自己嫌悪も、罪悪感も、すべてが堰を切ったように言葉となって溢れ出していた。
「……光ちゃんはさ、今も、足手まといだなって思う?」
「それは……はい」
「私はね、そうは思わない」
「え……?」
「光ちゃんがいなければ、私は今も人型と一人で戦って。そして、最後は、ボロボロになりながらも勝利する、そんな未来が待っている可能性もある。もしくは、活発化が終わるまで戦っている可能性もある。もしくは、死んでいる可能性もあったかもしれない」
雫さんが死ぬ。そんな未来は想像できないが、しかし、あのSNSでの投稿を見るに、そんな可能性もあったかもしれない。
「でも、今はもう人型との戦いは終わり、討伐したという事実が、未来が決定している。人型との戦いが終わったっていうのに、私はぴんぴんしてる。これは、一重に光ちゃんのお陰だよ」
「そんなわけ、ないじゃないですか。私は最後の最後まで役立たずでした。最後なんて、雫さんが作ってくれた隙を、私は自ら放棄した挙句、反撃受けて殺されかけたん、ですよ? 足手まとい以外になんて言うんですか」
最後の最後、私は人型の人間味に溢れた姿に、コアを破壊するのをためらってしまった。
最後まで刀を振れば、確実に勝っていたのを私は自らの手で放棄し、殺されかけもした。雫さんがいなければ、私は確実な死を遂げていた。
結局のところ、私は足手まといで終わった。なのに、雫さんはそれを咎めない。どうしてそこまで、足手まといじゃないって言えるのか、わからなかった。
「確かに、光ちゃんは人型ゴーストを咎めることは出来かった。でも、光ちゃんは、私の声に瞬時に応え、ゴーストに少しの攻撃を入れてくれた。その攻撃のお陰で、私はすぐにゴーストへと攻撃に転じることが出来た。もし、光ちゃんが少しでも反応が遅れれば、こうはいかなかった。だから、光ちゃんは足手まといじゃない」
「……」
「あなたは、ちゃんと私を支えてくれた。パートナーとして、ちゃんと私を支えてくれたよ……ありがとう」
「あ……」
最後の最後まで役立たずだと思っていた。
身勝手さゆえに雫さんへ迷惑をかけ、わがままゆえに余計な負担を背負わせた。パートナーとして支えるどころか、その首を絞めるようなことしかしていない――ずっと、そう思っていた。
今でも、そんな自分を好きになれない。
それでも、こんな私でも少しは雫さんを支えられていたのだと知れたことが、どうしようもなく嬉しかった。
私は涙を零した。ぽろぽろと頬を伝う涙は、どれだけ拭っても止まらない。それでも、その一粒一粒は、不思議なくらい温かかった。
雫さんはそんな私を黙って見守り、私が泣き止むまで、何も言わずに、ただ優しく私の髪を撫で続けてくれていた。




