37話 明日に向けて
「いくよ! 凜ちゃん!」
「う、うん。どこからでもかかってきて!」
刀を構える凜ちゃんに向かって、私は駆けていく。
「はあ!」
私は凜ちゃんに気合の叫びと共に刀を振り下ろす。
雫さんとの決戦の日の前日。
私と凜ちゃんは朝早くから訓練所に赴き、鍛錬をしていた。
凜ちゃんは昨日が初任務で、疲労も蓄積しているだろうに私の特訓に付き合ってくれてる。
本当は私一人で鍛錬をするつもりだったのだが、凜ちゃんが鍛錬に付き合うとのこと。
初任務もあったし、私としては英気を養ってほしいなと思い、断ろうとしたけど、凜ちゃんのやる気満々に溢れた輝かしい瞳に、私は何も言えず、凜ちゃんのご厚意に甘えることにした。
今は、私は凜ちゃんから提案された鍛錬を行っている。
どういう内容なのか簡潔に答えると、
私が攻めて攻めて攻めまくって、凜ちゃんの防御を崩すという内容。
その提案に私は最初、素直に頷くことは出来なかった。
先も言った通り、凜ちゃんは昨日が初任務。ちょっと寝ただけで、早々に疲労が回復するわけじゃない。
だと言うのに、凜ちゃんはきつい方であろう、防御する側に回りたいと、強く願い出た。
攻める方は、自分のタイミングで攻撃を仕掛けることもできるし、攻撃を止め休憩も出来る。何なら、どうやって攻めようか思考の猶予もある。
だが、反対に防御する側は、相手の猛攻を防御し続けないといけないし、相手の攻撃を防御するため、相手の一挙手一投足に集中しなければならず、気が抜いてる暇はない。
他にも多々あるけど、絶対に防御する側は、攻める側に比べて、全ての負担が大きい。
ただ、凜ちゃん曰く、私に刃を向けるのは嫌、とのこと。なので、半ば強制的に、私が攻撃側に回ることに。
一応は凜ちゃんに少しでも身体に支障がきたしたら、我慢せず言うように伝え、凜ちゃんはそれに了承すると、私たちは鍛錬に打ち込んだ。
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「はあ、はあ」
凜ちゃんに打ち込むこと、約三時間
結果として、全く歯が立たず、一度として凜ちゃんの防御を崩すことは出来なかった。
どんな策を施しても、凜ちゃんは私の攻撃を予測しているかの如く、次々と私の刃を捌いていった。
その上、凜ちゃんは開始前とほぼ変わらぬ立ち位置で、疲労の顔色も見せず、何なら汗すらも掻いてない。
対する私は、疲労困憊でみっともなくグラウンドの土に大の字で転がり、息も絶え絶え。疲労一色の顔色で、全身汗まみれ。
傍から見たら、この二人がほぼ同じ運動量をこなしたとは、とても信じがたい光景だろう。
「は、はい。ひ、光ちゃん。タオルと水筒」
凜ちゃんは大の字に寝転がる私の顔の傍でちょこんと膝を折り、水筒とタオルを差し出してくれた。
「あ、ありがとう、凜ちゃん……」
私は鉛のように重い身体を動かし、上体を起こして、凜ちゃんからタオルと水筒を受け取る。
ぱぱぱっと顔に付着した汗を拭くと、水筒の中身を全部飲み干す勢いで水分補給を行う。
「ぷはっ! はあ~生き返る~」
訓練所に来てから、休憩なしで鍛錬を行っていたため、ただの水のはずなのに、至高の一品を味わったような幸福感が脳を支配する。
「よし! まだまだ頑張るぞ!」
「え!? ひ、光ちゃん。もうお昼だよ? ご、ご飯食べなくて、いいの?」
お昼を周っているのにもかかわらず、まだ鍛錬を行う私に凜ちゃんは目が引ん剝くほどに驚く。
お腹は空いているが、明日の雫さんとの決戦に向けて、少しでも鍛錬をしておきたい。
私の予感だが、明日の戦いは私の今後を左右する大きな戦いな気がする。雫さんは私の憧れを徹底的に潰そうとするだろう。
今度は私の憧れの源である、輝きを失わせるほどの、圧倒的な”絶望”を以て。
そうなれば、今度こそ、私は終わりだ。人生の終わりと言っても過言ではない。
そして、雫さんも、臼井先輩も、反町先輩も、誰一人として救われない、それ以上に更なる罪の重荷を課してしまうことになる。
救えるのは私だ。私一人だけだ。
だから、私が終止符を打つ。
そのためには明日の戦いで、私は、私の憧れを以て雫さんを打ち破り、全員が救われる未来を掴み取る。
憧れの人が、私の憧れた人が、あんな……
苦しみを、
悲しみを、
痛みを、
恨みを、
憎しみを、
瞳に宿しているのは、嫌だ。
嫌なんだ!
だから私は
一秒でも長く。
一振りでも多く。
明日の私が、未来を勝ち取るために、強くならなければならないのだ。
お昼ご飯を食べてる暇なんてない。
「うん。凜ちゃんは私のことは気にせず、お昼ご飯を食べに行ってきて」
「だ、ダメだよ! ちゃんとお昼ご飯を食べないと」
「大丈夫だよ。お昼ご飯を抜いたところで、どうってことないって。私のことは構わず、凜ちゃんはお昼ご飯を食べに行っておいでよ」
「で、でも……」
「神崎さん。ちゃんと、お昼ご飯は食べたほうがいいと思いますよ」
「っ!?」
静かな声色に導かれるように私は首を捻ると、今にでもため息を零しそうなほどに呆れ顔の師匠が佇んでいた。
「し、師匠。えっと、師匠も鍛錬ですか?」
「ええ、そうです。そんなことより」
師匠はぎろっとした眼差しを宿しながら、私の顔に息がかかる距離まで、ずんっと自身の顔を近づける。
私はあまりの距離の近さに、腰を反り、そして、師匠の鋭い眼差しから逃れようと、視線を明後日方向へと移動させる。
「神崎さん。あなた、いつから鍛錬をしてました?」
「え、ええっと。あ、朝、七時頃から、です」
「その間、ちゃんとしっかり、休憩は取りました?」
「え、ええっと、そ、それは、そのお。と、取りました……」
「ふ~ん」
師匠は、納得してなさそうに鼻を鳴らすと、私の左手をそっと持ち上げる。
持ち上げられた私の左手は、ぴくぴくと痙攣しており、明らかに、疲弊しきっていた。
「ちゃんと、しっかりと休憩を取ったなら、こんなにも痙攣はしないと思いますが?」
師匠の声色は酷く低く、私を見つめる視線は雨が上がった後の湿気よりも、じめっとしていた。
まるで、警察から取り調べを受けているような、肩身の狭さがある。
「そ、それは……ええっと、ええっと……は、肌に沁みついた、あ、汗が、か、風に当たって、そ、それで、えっと、寒くて、だ、だからだと思います……」
私はなんとか嘘の言い訳を吐く。
「ふ~ん。知ってますか、神崎さん。人って嘘をつくとき、不自然に視線が彷徨うんですよ」
「え!?」
その言葉に私は酷く動揺したような驚いた声を上げてしまう。
――そ、そう言えば、私、どこに視線を向けながら、話してたっけ?
視線について全然意識の外だったため、思い出そうにも、思い出せない。
「って、言うのは、実のところ、科学的根拠が乏しいそうです」
と、私の反応を見た後に、意地悪く師匠は科学的な根拠がないことを、私に伝えてきた。
そう言われた瞬間、嵌められた! と脳が理解した。それと同時に、背中が急速に冷える感覚を覚えた。
「神崎さん。いつになったら、四季の言うことを聞いてくれるんですか? 四季、口酸っぱく言ってますよね? 身体は資本です、と。酷使すると、いつか壊れるって。ねえ、いつ聞いてくれるんですか?」
師匠は私にキスする勢いで、ぐぐぐっと、先程よりも顔を近づけながら、言いつけを守らない子供にお仕置きをするように、私の右頬を、思いっきり横に引っ張った。
「い、痛い! 痛いです! 師匠! 言いつけを守りますから、引っ張らないでください~」
私は痛みに耐えかね、目尻に涙を浮かべながら、私の右頬をおもちのように引っ張る師匠に悲痛に訴える。
「じゃあ、今から、ちゃんと昼食を摂ってきてください。いいですね?」
「は、はい……」
師匠の促しに、気の抜けた返事をすると師匠は私の頬から手を離した。
私はひりひりする右頬を労わるように摩る。痛みで浮かんだ涙が、私の視界にゆがみをもたらしていた。
「まったく、神崎さんは、まったくもう」
師匠は言いつけを守らない私に悪態を吐きながら、師匠は右わきに抱える刀を手に持ち、刃を柄に閉ざしたまま、地面の土を、ぐさぐさと何度も突き刺す。
その地面の穴ぼこの数で、師匠がどれだけうっ憤が溜まっているのか、見て取れた。
「え、えっと、し、師匠。お、怒ってます……?」
そんなことを聞かずとも、師匠が怒り心頭なのは見るに明らか。
にもかかわらず、私は、どうにかして怒りを静めたいがあまり、頭が空回り、何故か、更なる怒りの火を焚きつけるような、失言をかましてしまった。
師匠は、私の言葉にぴたっと動きを止めると、首を捻る。
「み、て……分かりませんか? それとも、四季を煽っているんですか?」
師匠の言葉の節々に伝わる怒りに、私はあわわと、頬の痛みも忘れて口元を押さえる。
「いいから、さっさと、昼食を摂ってきなさい!」
「は、はいいいい!!! り、凜ちゃん。昼食に行こ!」
「あ、う、うん!」
私は師匠の怒りに急かされるように、てきぱきと、訓練所から出る支度し、私と凜ちゃんは足早に訓練所から退散したのであった。




