表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/46

25話 凜ちゃんのメイド力

()()()()()()……起きてください、朝食の用意が出来ましたよ」


 耳もとへ落ちてきた声は、朝の光よりもやわらかく、まだ夢の縁にいた私の意識を静かに揺らした。


「う……ん」


 私は曖昧に唸り声を返すだけで、再び眠りの底へ沈もうとする。温かなまどろみが全身を優しく包み込み、その心地よさに抗う理由など、どこにも見当たらなかった。


 すると、小さな手が私の肩に触れる。


「起きてください、ご主人様」


 ゆさゆさ。


 底に沈みかけた意識はその揺さぶりに導かれて、少しずつ水面へと浮かび上がっていく。


「あ、お、おはようございます。ご主人様!」


 水面から顔を出した私を出迎えてくれたのは、朝日を浴びた花の如く眩しい笑顔の凜ちゃん。

 

「うん……おはよう、凜ちゃん」


 私は寝ぼけ眼を擦りながら、凜ちゃんに挨拶をする。


「ご主人様、朝のお水をどうぞ」


「うん……ありがとう」


 意識が朦朧とする中で、私は凜ちゃんに差し出されたガラスのコップを手に取り、冷えた水を喉に流し込んでいく。


 ひやりとした感触が身体の奥へ染み渡り、靄のかかっていた思考を少しずつ晴らしていった。


「ありがとう凜ちゃん。はい、ご褒美」


 私は飲み干したガラスのコップをベッドのそばにある小さな机に置くと、両手を広げる。


 凜ちゃんは、ご褒美と聞いた途端に瞳が眩しく輝き、私の胸に抱き着いた。私は凜ちゃんの頭にあるホワイトブリムを躱しながら撫でていく。


「え、えへへ~ ご主人様~」


 凜ちゃんはとろけるような声を漏らし、私が撫でる度に脱力していく。


 凜ちゃんの抱き心地ははっきり言って凄く心地がいい。クッションのようなモフモフ感があって、ずっとこのまま堪能したい気持ちよさがある。


 凜ちゃんのためのご褒美なのに、私のためのご褒美にもなっていて、これじゃあ、恩を返すどころか、恩が積み重ねていくだけな気がしてならなかった。

 

 このまま凜ちゃんのモフモフを味わっていたいが、授業が差し迫っているので、この辺でご褒美タイムは終了。


「さて、それじゃあ、凜ちゃん私、顔洗ってくるね」


「は、はい。ご主人様。いってらっしゃいませ」


 凜ちゃんは流麗な仕草でお辞儀をして私を見送った。


 凜ちゃんの佇まいは本物のメイドさんのそれのようで、私は本当のお姫様になった気分になりながら、洗面所に行くのであった。





                  *





「うわぁ!!」


 洗面所にて顔を洗い、髪を結った私はリビングに赴くと、テーブルには華やかな朝食が並べられていた。

 

 サラダ、焼き魚、ご飯、みそ汁、スクランブルエッグに、クロワッサンなどのパン、その光景は日常というより、どこか遠いホテルの朝食を思わせた。


「相変わらず、凄いね……凜ちゃんは」


「あ、ありがとうございます」

 

 凜ちゃんは私の誉め言葉に照れ臭そうに頬を染める。


 凜ちゃんが私のメイドになった日から、早三日――いや正確にはその日はそのまま部屋に帰らせたから、メイドとしての本格的な業務に関しては二日が経過していた。


 凜ちゃんは献身的に私に尽くそうと、奮起していた。


 朝食の品々を見るからにメイドとしての気合の入り用が半端ない。それは料理だけでなく、掃除もそうで、現在私がいる――リビングは塵一つなくキラキラのエフェクトが出ているかのような光沢感で溢れていた。


 因みに私は見られて恥ずかしいものなんてないため、全ての部屋が現在のリビングと同じようにピカピカだ。

 

 凜ちゃんがメイドとしての仕事を行う初日、部屋の掃除を行う凜ちゃんの様子を伺っていたのだが、洗礼された手際の良さでありながら、かといって汚れや塵を見落とすことない、徹底した掃除力に感嘆しか浮かばなかった。


 私の知らない掃除の仕方もあって、いつの間にか興味関心を抱き、凜ちゃんに事あるごとに聞いていた。


 あの時は、関心が深すぎて気にしてなかったが、凜ちゃんの掃除の邪魔でしかないなと、猛省。

 凜ちゃんは掃除の邪魔すること私のことを咎めることなく、始終笑顔で対応してくれていたが、深層心理は相当にうざかっただろうなあと思ってしまう。

 

 が、この二つ以上に気合の熱量が感じるものがあった。それは、凜ちゃんの着用している服装だ。


 黒を基調としたワンピースにフリルのついた白いエプロンドレス。頭にはレースを施したカチューシャをしていて、アニメや漫画などでよく目にするオーソドックスなメイド服――俗にいう、クラシカルスタイルに身を包んでいた。


 ただ注目すべき点はそこではなく、これら一式、既製品ではなく、なんと、全て凜ちゃんの手作りだということだ。

 凜ちゃんは魔法少女キズナのコスプレ衣装をよく自作していたとのことで、メイド宣言したあの日に全て作り上げたらしい。

 縫い目一つ一つが丁寧に施されており、とてもじゃないが一晩にも満たない時間で仕立てたとは信じられない程にハイクオリティだった。


 私はてっきり既製品だと思い、凜ちゃんに『それ買ったの?』と聞いて、自作したと返答が来た時、驚愕以上に、ただならぬ凜ちゃんのメイドとしての気合の熱量に圧倒されてしまった。


「ご主人様、どうぞ」


 凜ちゃんは私のために椅子を引く。


「ありがとう凜ちゃん」


 私はお礼を言い、凜ちゃんが引いた椅子に座る。


 凜ちゃんのメイドとしての徹底ぶりは凄く、私のことは必ず『ご主人様』と呼び、今の椅子を引くのもそうだが、なるべく私の手をわずらわせないように気遣う。


 食事をするときだって、初めは私の傍らで待機して、飲み物を継ぎ足したり、ご飯をよそったりなどの雑用をすると言い出した。


 けれど、私はそれを拒否し、一緒に食事をするように促した。凜ちゃんのメイドとしての矜持きょうじがあるのか、それもメイドの仕事だから、と意固地になって聞く耳をもたなかった。


 だが、私の揺るがぬ意思が、最終的には凜ちゃんの心が折ることに成功し、こうして一緒に食卓を囲んでいる。


 私はてっきりおままごと程度のことだと思っていたから、ここまでかたくなにメイドの役割を全うするなんて思わなんだ。

   

 本職メイドと言われても差しつかえがないくらいに、凛ちゃんのメイド力は凄まじかった。ある意味、感嘆すらしてしまう域だ。


「いただきます」


 私は凜ちゃんの手料理に口を付ける。相変わらず凄い腕だ。凜ちゃんは、どこで習ったのか料理のレパートリーが豊富で、こういった和食はもちろん、中華料理、イタリア料理、フランス料理などなど異国の地でしか味わえない料理も作れる。


 しかも、どれも絶品で、美味しい。


「ご、ご主人様。今日は、その、初任務、何ですよね?」


 凜ちゃんは瞳に陰りを落としながら私に言うも、すぐに、「あ、す、すいません! 任務前に不安を煽るようなことを……」と慌てて謝る。


「ううん、気にしないで。どうせ、任務の時間が近づいてくれば、嫌でも不安は出てくるだろうし……心配してくれてありがとう」


 今日は、初めての任務。


 と、言っても一年生はゴーストと戦うことはしない。まあ、もしも、の時があれば、戦わざる得ないことにもなるが。


 基本的には、先輩たちの任務を見学するのが主だ。


 因みに、私はあの朝倉先生の叱咤激励しったげきれいにより憧れを取り戻し、雫さんにもう一度アタックしようと思っていた。けどその矢先、端末にその週の初任務を知らせる通知が届いた。


 任務は命の危機に瀕しているので、任務前に雫さんにアタックして、万が一にも私が死んだ場合、ただ単に雫さんに悲しい想いをさせるだけだと思い、任務が終わるまでは、我慢することに決めた。


 凜ちゃんは明日が初任務だから、まだ少しだけ余裕があるのだろう。そのぶん、先に赴く私を案じる気持ちが、痛いほどまっすぐに伝わってきた。


「ぜ、絶対に、生きて帰ってきて、ね?」


 震える声だった。


 主人に仕えるためのメイドとしての仮面は剥がれ落ち、そこにいたのは、ただ友人の無事を願う一人の少女だった。


 不安を押し隠しきれない瞳が、小さく揺れている。


「うん! ちゃんと帰ってくるよ!」

 

 凜ちゃんのその不安を取り除くように、私は努めて明るく元気よく笑顔で応えを返した。


 その応えに凜ちゃんは「絶対、絶対だから、ね!」と念を押すように言い、私も負けじと「絶対に、絶対に、絶対に帰ってくるよ!」と言い返す、という作業が数回にわたって繰り返され、そのシュールさに耐えかねて私と凜ちゃんは思わず笑みを零し、食卓に穏やか空気が流れたのであった。


 朝食の後は、授業までの時間が少しだけあったので、二人で思う存分ふれあいを堪能した。




                *

 




  任務の日には、午後の訓練は免除される。


 それは怠惰を許すためではなく、夜に備えて心身を休めるためだった。ゴーストが活発化するのは決まって夜八時以降。


 近頃では人工衛星『レイ』の運用によって、活発化前の段階で出現地点をある程度特定できるようになり、以前のように被害が広がってから出撃する必要はなくなっていた。


 かつては、ゴーストが活発化してからではないと、人々(女性)の目に認識することが出来ず、そこから、通報を受けて三つ葉女学院の生徒たちが現場へ向かうのが常だった。


 そのため、被害が完全に抑えきれず、負傷者が多発していた。


 しかし今は違う。


 レイが空から静かに異変を捉え、人々を避難させる猶予を与えてくれる。そのおかげで、被害は少なくなっていった。


 任務に行く際には必ず招集が為され、十六時までには指定された会議室に行かなければならない。


 ゴーストに攻撃が通るのは活発化する二十時。レイにより十九時には、ゴーストが特定できる。

 そのため、十九時前までは、まあ、言ってしまえば、私達三つ葉女学院の生徒たちは暇を持て余しているわけで。


 にもかかわらず、何故、そんなに早い時間に召集するのかと言えば、生徒たちの鍛錬のし過ぎを抑制するためだ。


 先も言った通り、任務の日の訓練は免除され、生徒たちは英気を養うための時間に充てなけらばならない。かと言って、絶対に鍛錬はしてはいけないと言うルールは無い。


 任務には絶対という保証はない。


 それは自分たちの命もそうだし、国民の命だってそう、想定外の出来事だって起きる可能性だってある。


 任務にはあらゆる可能性が秘めているため、それを一番手っ取り早く潰せるのに適しているのが、自分の強さを少しでも引き上げること。


 強くなれば、自分の命も守れる。国民の命だって守れる。想定外の出来事が起きても、対処することだって可能になる。


 だからか、訓練所内には、たくさんの生徒が鍛錬に励んでいた。

 

 昼休みが終わり、私は訓練所にて鍛錬を行っていた。


 訓練所は四つあり、訓練所、第一訓練所、第二訓練所、第三訓練所がある。


 授業で使う際の訓練所は、数字が付く訓練所を使用している。なので、今のこの時間は、その三つの使用は一切不可。


 ただし、使用できないのは授業中のみで、それ以外だったらいつでも使用可能だ。


 そして、私がいるこの訓練所は、授業で使用されることないので、私はお昼休憩が終わり凜ちゃんと別れた後、ここにきて鍛錬を行っている。


 二、三年生は、ただひたすらに研鑽を積んでいる姿が目に映る。


 ただ、やはりと言うか、一年生は初めての任務と言うことで、多くは任務の緊張や不安などから強迫観念の如く、一心不乱に鍛錬をしている。


 傍から見れば熱心に映るが、表情は険しく、もはや狂気すら漂っている。


 鍛錬というより、自分の中にある不安や緊張を鍛錬で払拭(ふっしょく)しようと躍起(やっき)になっている気概(きがい)がある。


 私もおおむね同様だが、私の場合、少しでも周囲との差を縮めるため、そして、憧れのために、一分一秒でも、強さを求めて鍛錬をしている。


 師匠との鍛錬のお陰で刀の振り方の洗練さは良くなったものの、周囲と比べるとまだまだ足元にも及ばない。

 

 刀を振るうことも大事だが、体力作りも大切なので、私は何度か刀の振り方をチェックした後に、訓練所内のトレーニングルームにて、せこせこと体力作りに励んでいた。


 本当なら招集時間ぎりぎりまで鍛錬に勤しみたいところだが、二時半から予定が入っている。

  

 実は凜ちゃんと別れてすぐ、私の端末に一つの連絡が届いた。


 差出人は今日の任務でお世話になる先輩――二年生の反町渚(そりまちなぎさ)先輩からだった。

 

 内容は、任務の前に少しでも親睦を深めようとのことで、十四時半にアリノスにあるカフェで集合となっている。


 現在時刻は十四時ちょうど。


 私はランニングマシンの電源を早急に落として、トレーニングルームを出た。訓練所内にあるシャワールームで汚れを落とし、制服に着替えて、訓練所を出る。

 

 一度部屋に戻りジャージなどの荷物を置いて、最後に忘れ物がないか指を指しながら確認した後、部屋から出た私はカフェに向かったのだった。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ