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24話 罪滅ぼし

「凜ちゃん、飲み物何がいい?」


「え、そ、そんないいよ」


「だーめ。凜ちゃんはお客さんなんだから。それに、今日凜ちゃんが来るから、商業区で一人で飲み切れない量の飲みものを買っちゃって。だから、飲んでくれると嬉しいなって」


 凜ちゃんが『く、訓練が終わったら、超特急でひ、光ちゃんの部屋にい、行くからね!』と、別れ際、私にそう伝えた。

 

 冷蔵庫はすっからかんで、とても誰かをおもてなしするような状態ではなく、私は病室を出た後、そのまま商業区で買い物に出かけた。

 

 凜ちゃんの好みが分からず、とりあえずお菓子やらジュースやら、思いつくままにかごに放り込んだ。


 結果、一人じゃとても消費しきれない量の飲み物とお菓子が冷蔵庫とキッチンを埋め尽くされていた。


「あ、えっと、お、オレンジジュースってあるかな?」


「うん。あるよ」


「え、えっと、じゃあ、それでお願いします」


「了解」


 私はグラスを二つ用意し、冷えたオレンジジュースを注ぐ。ついでにチョコレートも小皿へ添えて、トレイごとリビングへ運んだ。


 ソファに腰掛けた凜ちゃんは、どこか落ち着かない様子で両手を膝の上に置いている。


 凜ちゃんの前にあるガラステーブルにトレイを置き、


「はい、どうぞ」


 私は凜ちゃんの前にオレンジジュースとお菓子を配る。

 

「い、いただきます」


 凜ちゃんはグラスを両手で包みこむように持つと、ごく、ごく、と少しずつ喉を潤していく。


 私も凜ちゃんに倣ってオレンジジュースを口に含んだ。


「ひ、光ちゃん。わ、わたしの隣に、す、座って? そ、そこだと、い、痛いでしょ?」

 

 凜ちゃんはソファをぽんぽんと叩きながら言う。

 

 凜ちゃんの心遣いに甘えて私は凜ちゃんの隣に腰を落ち着かせた。


「えへへ~ ひ、光ちゃん」


 私が座るや否や、凜ちゃんは嬉しそうに身体を寄せてきた。肩に頬を擦り寄せる感触がくすぐったい。


 今日の凜ちゃんは、いつになく凄く甘えん坊さんだ。

 

 凛ちゃんは私のなでなでがお気に召したようで、時々、なでなでを要求するようになった。


 そこから、少しづつスキンシップは激しくなっていき、手を繋いだり、今は腕に抱き着くこともしばしば。

 

 今日に至っては授業も手につかなくなるほど、凜ちゃんは私の身を案じていたらしい。


 だから、その溜めに溜まったうっ憤を吐き出すために、今日のスキンシップはいつにも増して激しいのだろう。


「ひ、光ちゃん。あ~ん」


 凜ちゃんは、立方体のチョコレートを私の口元に近づける。


 私の方が体格が大きいため、必然的な上目遣いが成っている。


 あ~んなんて小さいころに母親にやってもらった以来で、この年で、しかも恋人同士ならともかく、まだ知り合っても間もない女の子からやってもらうのは気恥ずかしさがある。

 

 しかし、今日は特に色々と心配をかけてしまった。


 その上、凜ちゃんの何かを期待するような満ちた瞳を曇らせるのは気が引けるため、甘んじて受け入れることにする。


「あ、あ~ん」


 チョコレートは立方体のブロック状で一口サイズほどの小ささ。


 そのため、チョコレートと共にチョコレートをつまむ凜ちゃんの人差し指と親指までもが私の口の中へ。


 私の唾液の温度が立方体のチョコレートを氷のように甘く溶かしていく。凜ちゃんの指の微かな塩気が混じって、あまじょっぱさが口に広がる。

 

「お、おいしい?」


 凜ちゃんは小首を傾げながら、覗き込むように訊いた。

 

 正直、私はじっくりと味わう余裕なんてなかった。

 

 この状況に羞恥が悶え、心臓の高鳴りが抑えきれない。


 室内はテレビもついていないため、静まり返っていた。もしかすると、私の心臓の音は凜ちゃんに届いているかもしれない。


 そう思うと、さらに羞恥が深まり、味どうこうの話ではなかった。


 だけどなんとか、その質問に答えるため、私は舌に残ったチョコレートの残滓(ざんし)をかき集めて味わい、


「う、うん」


 小さく頷いた。


「そ、そっかあ」


 私の反応に凜ちゃんは照れ笑いを浮かべると、それから、ためらいがちに目を伏せる。


 そして、ちらちらとこちらを見ながら、


「えっと、ひ、光ちゃん。わ、わたしにも、そのあ、あ~ん、してほしいなあって」


 凜ちゃんは恥ずかしそうに頬を染めながら、私にあ~んをねだる。

 

 私はそのお願いを聞くために、凜ちゃんと同じようにチョコレートを手に持って、凜ちゃんの口元へ。


「は、はい。あ~ん……」


「あ、あ~ん」


 凜ちゃんは恐る恐る口を開ける。


 私はそっとその口にチョコレートを差し出す。私の掴む人差し指と親指までをも凜ちゃんの口の中へと入っていった。


 私は凜ちゃんの口に入った自身の指を取り出そうとする。


 だけど、その前に凜ちゃんは私の腕を掴み、犬のようにぺろぺろと私の指を()め回す。

 私のほのかな体温で溶け、こびりついたチョコを全て取り除こうと、執拗に、入念に。


 凜ちゃんの舌はまるでタコの足のようにうねうねと動き回り、私の指に付着したチョコレートを拭き取っていく。

 

 凜ちゃんの舌はぷにぷにしていて、こう、何と言うか、凄くいかがわしい変な気分になってしまう。


 凜ちゃんは全て拭き取ったのか、引き離すと、凜ちゃんの唾液がつーっと蜘蛛の糸のように引かれた。

 

「え、えへへ~ す、凄く美味しかった」


 凜ちゃんはチョコのようにとろけるような惚けた表情でそう言った。


 その表情は、いつもの幼さとは違う(つや)を帯びていて、私はまともに見返せなくなる。


 このままでは、凄くエッチな雰囲気に飲みこまれ兼ねないので、


「えっと、あ、そうだ。凜ちゃん。今日は私のせいで色々と迷惑をかけちゃったから、何か私にしてほしいことあるかな?」


 会話を発生させて空気の入れ替えを行う私。


 凜ちゃんは私の問いに対し予め回答を用意していたのと思うほどに逡巡することなく口を開く。


「わ、わたしとパ、パートナーに、なってほしいかなって……」


「えっと、そ、それは……」


 思わぬ申し出に私はどもってしまう。


 朝倉先生が私を奮起しなければ、私は迷うことなく頷いていただろう。だが、憧れを取り戻した今、私はもう一度雫さんにアタックすると決めていた。

 

 その決意を胸に私は凜ちゃんに、


「ごめんね、凜ちゃん。パートナーに関しては、私は白雪先輩となるって決めてるの」


 私は最低な人間だと思う。

 

 恩を返すための文言を自分から言ったくせに、いざ、願いを差し出されると断るんだから。


 自分本意で、自分勝手で、自分中心で、友達として、いや、人間として失格だ。失格も失格、大失格だ。


 凜ちゃんから薄情と言われても仕方ない程に、私は最低な事をしている自覚があった。

 

「そ、そっか。ひ、光ちゃんがそう言うなら、今のは無し、で」


 凜ちゃんは文句の一つも言わず、すんなりと身を引く。

 ただ、その表情は痛々しい程に悲しみに暮れていた。その悲痛さは私の心を抉り、罪悪感で押しつぶされそうになる。


 自分からまいた種が原因なのに、凜ちゃんが一番苦しいはずなのに、あたかも私が一番苦しんでいるような感じてしまう自分に、その醜い自分に、嫌気が差してしまう。


 意見が通らなかった凜ちゃんは眉間に皺を寄せながら『う~ん……』と唸りながら考えて――


「あ、えっと。わ、わたし、ひ、光ちゃんのめ、メイドさんになりたい」


「メイド!?」

 

 全然予想斜め上の提案に思わず私の声は上擦ってしまう。


 ――メイドって? あのメイドだよね? いや、もしかして、私の認識にないメイドかもしれない。


「えっと、メイドって、あのメイド? ご主人様にご奉仕する、あのメイド?」


「う、うん。その、メイドさん、で、あ、合ってる、よ」

 

 どうやら、私の知らないメイドではないらしい。その上で、だ。


「えっと、私の聞き間違いじゃなければ、凜ちゃんが私のメイドになりたいって……」


「う、うん。そう、だよ」


「えっと、わ、私が凜ちゃんのメイドになるわけじゃなくて?」


「ち、違うよ。わ、わたしがひ、光ちゃんのメイドさんに、なるんだよ」


 凜ちゃんははっきりとそう言う。


 私は罪滅ぼしとして、凜ちゃんに何かしてあげたいと思ってのことだったのだが。これじゃあ、罪滅ぼしなんてもってのほか。


「えっと、私は罪滅ぼして凜ちゃんに何かしてあげたくて、私が凜ちゃんのメイドさんになるのはダメかな?」


 と、自分からメイドになると私は言うものの、メイドって何をすればいいのか全く見当がつかない。

 まあ、メイドって主人の言うことを絶対順守のイメージがあるので、凜ちゃんの言うことを聞いてれば何とか形にはなるだろう、と私は思っている。


 ――私のメイドのイメージってそんな感じだから。


「そ、それも魅力、てき、だけど、わ、わたしとしては、ひ、光ちゃんの、メイドに、なる方が、う、嬉しいから」


 私としては、何かしてあげたいのが本心だけど、さっきの申し出を断った今、もう一度、自分の意見を通して、また悲しませるのは本望ではない。


 パートナーの申し出と違って、絶対ダメ! というわけでもない。ここでまた断ることこそ、薄情のレッテルを貼られかねない。


 非常に悔やむが、凜ちゃんがその選択を取るなら、私は何も言わない。


「……わかった。凜ちゃんがそれでいいなら。でも、私としてはやっぱり何かしてあげたいのか本心かなあ」


 心の中では何も言わないと決めたが、私の罪滅ぼしがしたいという気持ちが高すぎて、気づけば無意識にその想いが舌に乗って出ていた。


「あ、だったら、わ、わたしがめ、メイドとしてのお仕事が、で、できたら、そのお、ご、ご褒美に、なでなで、とか、欲しいなって」


 メイドの仕事が一体どれほどなのか未知数だが、凜ちゃんがわざわざ私のメイドになりたいと言いだす程だ。


 きっと、それは私の想像を絶するほどの仕事量に違いない。勝手な予想だけど、どうしてかそう思ってしまう。


「わかった。なでなでとは言わず、欲しいご褒美があるなら、何でも言っていいからね。出来る範囲は叶えてあげるから!」


 流石になでなでだけでは、対価としては全然釣り合っていないので、なでなで以外のご褒美も条件に付け加えて、なるべく対価が釣り合うように調整する。


 流石に、家買って、とか言われたりでもしたらまずいので、自分が叶えられる範囲という条件を一応、付け加える。

 まあ、凜ちゃんのことだから、そんな大層なご褒美を要求しない思っているけど、念には念を、だ。


 あらかじめ言ってなかったために、ダメです。では、凜ちゃん側からしたら何でもって言ったのに……ってなってしまい、いつかご褒美の要求がだんだんと弱くなってしまう可能性もありうる。


 それなら、最初から境界線を示した方が、凜ちゃんも遠慮なくご褒美を要求できるはずだ。


「あ、う、うん!」


 凜ちゃんは余程私のメイドになることが嬉しいようで、弾むような声で元気よく返事をする。


 瞳はやる気に満ちていて、燃え盛る炎が映し出されているようだった。

 

 私の予想した展開と全く別方向の展開になってしまい、困惑したものの、凜ちゃんの嬉しさ滲み出る溢れんばかりの笑顔を見て、これで良かったのかな、と思う私なのであった。

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