19話 学院最強
「うわああ! 凄い人!」
「あ、圧巻だね……」
目の前の光景に私と凜ちゃんは圧倒されていた。
延べ五十人近くはいるであろう人たちが、訓練所の前で長蛇の列を形成していた。
「この列の人たち全員がパートナー選抜に出る、んだよね?」
「う、うん。たぶん」
日時は日曜の朝九時前。
今日は待ちに待ったパートナー選抜だ。雫さんにどれだけ近づいたか、今日まで培った努力の成果を全て出し切る。
昨日は朝から晩までずっと師匠と凜ちゃんとショッピングを楽しんでいたため、鍛錬はあまりできなかった。
その代わりに遊びに出かけた心地よい疲労が睡眠の質を良くしたのか、今朝はすこぶる調子が良かった。とりあえずは万全の状態で臨むという絶対必要条件は満たされた。
因みに、師匠は一緒ではない。
昨日ショッピングをしているとき、予め欲しいものを決めていたのか、最初にDVDショップに足早に赴き、時代劇のDVDをたくさん購入。
明日一日はこのDVDを全部見ると豪語していたので、おそらく今頃はテレビの前に這いつくばっていることだろう。
「あなた達も列に並ぶの?」
立ち尽くしていた私たちの鼓膜を揺らす声。
振り返った私たちの視界に映る人物に驚きを隠すことが出来なかった。
「「さ、西園寺先輩!?」」
「ふふ、こんにちは、お二人さん」
三年生の西園寺奏先輩。
学院内で最強と謳われており、その強さは雫さんをも凌駕すると言う。
雫さんと同じ特別生で、単独でゴーストをニ十体以上を討伐する前代未聞の偉業を成し遂げたことで、ニュースにも取り上げられていた。
そこから、テレビ出演を果たし、今も時々だが金山理事長と共にニュース番組に出演している。
雫さんと同様、SNSでも有名だった。
セミロングの金髪を靡かせながら戦場を駆け回る姿はかっこよく、その上、容姿端麗なため、彼女もまた『天使』と称されていた。
学院内では雫さんと並んで、『二大天使』の異名で呼ばれ、皆からアイドル的存在で扱われている。
そんな学院のアイドルがどうして私たちに声をかけたのか、それは西園寺先輩が手に持つあるものが関係していた。
「ど、どうして、西園寺先輩はプラカードを?」
「ああ、これ?」
西園寺先輩は、手に持つ大きな看板に視線を送る。看板には整った字で最後尾と書かれていた。
「《《雫》》ちゃんのイベントのお手伝いをね」
一週間程、学院で過ごしてきて雫さんのことを名前で呼ぶ人なんて聞いたことがなかった。
それは、一年生はもちろん、二年生だって、ましてや、三年生でも、耳にしたことがなかったので、ちょっと新鮮だった。
「西園寺先輩と、しず……白雪先輩って仲が良いんですか?」
「まあ、一緒に部屋で映画を見るくらいには、仲がいいわね」
「白雪先輩と映画!? う、羨ましい」
「うん? 私との映画は羨ましくないのかな~?」
雫さんとの映画が見れる仲の良さである西園寺先輩が羨ましくてついつい口に出てしまった。
西園寺先輩はそんな私の言葉に頬を可愛らしく膨らませてふてくされる。
「い、いえ! け、決してそんなことは!」
私は頭と両手を左右に振り、全力の否定を身体ごと示す。
私的には悪気があって零した言葉じゃないけど、受け取り方は人それぞれ。
思い返せば確かにそう捉えられても仕方のない言い方だった。もうちょっと他人の立場になって考えて言葉を発しないと。
「な~んてね。冗談よ冗談。それにしても……」
西園寺先輩の視線は私から凜ちゃん……の胸へと釘付けになる。その視線をキャッチしたのか、凜ちゃんは恥ずかしそうに胸を隠す。
「羨ましい。ねえ、どうしたらそんな風に立派に胸が育つの? やっぱり食べ物? 食べ物が関係してるのかしら?」
「あ、あうあう」
西園寺先輩の怒涛の質問攻めに凜ちゃんは怯えて、私の後方へと身を隠してしまう。
「あ、あの、西園寺先輩。り、凜ちゃんが怯えてるので、その辺で」
「あ、ご、ごめんなさい。私ったらつい」
捕食者のようなぎらついた瞳は私の一声で鎮まり、西園寺先輩は凜ちゃんから身を引いた。
突然の豹変に何が何だか分からず、私の脳は処理に時間がかかっていた。
「私、胸の小ささがコンプレックスで、少しでも大きく育つようにって、マッサージとか食べ物とかいろいろ模索してるんだけど、効果がなくてね。うう……どうして? 妹はあんな立派に成長して女性らしくなっているのに、なんで私はこんな貧しいの?」
西園寺先輩は涙目で自身の胸の小ささを嘆く。
学院では容姿端麗、頭脳明晰、運動神経というか、戦闘の強さにおいて右に出る者がいなくて、そして、それをひけらかすことなく、人当たりも良い人間性。
非の打ち所がないまさに完璧超人と足り得る西園寺先輩が、胸の大きさで悩んでいることに、意外性と、それと同時に親近感が沸いた。
「西園寺先輩は今でも十分に女性らしいので、えっと、元気出してください!」
「うう、後輩に元気づけられるなんて……ありがとう」
西園寺先輩は目頭の涙を指先で拭うと同時に悲しそうな表情は消え去った。
「話がそれちゃったわね。それで、あなた達はパートナー選抜に?」
「あ、出るのは私だけで、凜ちゃんはその付き添いです」
「そうなのね。じゃあ、最後尾に案内するから付いてきて」
「は、はい。えっと、凜ちゃん」
私が凜ちゃんの方へと振り返ると、凜ちゃんは頷く。
「が、頑張ってね、ひ、光ちゃん! 観客席でお、応援してるから!」
「うん、ありがとう凜ちゃん。私、精一杯頑張るよ!」
お互いに言葉を交わし、凜ちゃんは一足先に訓練所へと足を運び、戦いを一望できる観客席へと移動。
私は西園寺先輩の後ろへとついて行き列の最後尾へと並ぶのであった。
*
九時になりパートナー選抜に出る人たちは控室へと案内され、西園寺先輩に呼ばれるまで待機を命じられた。
私が最後尾に並んだ後も、結構な人数が私の後ろに並んでいたので、来た時よりも大所帯になっていた。
控室も当然一つでは足りず、五部屋用意してようやく収まりきったほどだ。この人数を雫さんが一人一人捌くなんて正直、大丈夫なのかという心配が勝ってしまう。
とてもじゃないが、一日で捌き切るには過剰すぎる人数だ。開催するなら二日とか三日に分けるべきじゃなかろうか? と思ったのだがその心配は無用だったと知る。
私はちらっと壁に掛けてある時計を見る。
時刻は十時三十分。
まだ控室に案内されてから一時間半しか経っていなかった。
呼ばれる順番は先着順らしく、私の場合、結構後ろの方だったので、呼ばれるにはまだまだ時間がかかるだろうと、半分以上は今日の出番はやってこないとすら予想していた。
こんこん!
「神崎光さん。グラウンドへお願いします」
「え、は、はい!」
私の予想を遥かに超えた速さで名前を呼ばれてしまい、一瞬戸惑ってしまった。
西園寺先輩に呼ばれた私は、控室を出てグラウンドへと続く廊下へと歩いていく。
廊下の先、差し込む陽光から人影が見えた。その人影は陽炎のようによろよろと蠢き、今にも倒れそうなほどにふらついていた。
その人影は、次第に黒から色彩豊かな色合いを見せ始めた。私が近づくにつれ、その色彩はより繊細になっていき、そして。
「!?」
私は声にならない声を上げた。
――見た。
――見てしまった。
あの光すらも飲み込まんとする真っ黒な瞳を。まるで絶望を表すような真っ黒な瞳を。
私は――見てしまった。
その瞳を見た途端、背中に大量の虫が這いつくばっているようなぞわぞわとした悪寒が走った。
あの少女は私の前に並んでいた子だ。最後尾に案内する西園寺先輩の後ろについて行ったときに、友達と話しているところをちらっとだけ見た。
その瞳は小学生の頃、友達の花音ちゃんが宿していたきらめきと同じ。まさしく憧れを志す光輝く宝石のような瞳だった。
それが、どういうことか。今の彼女は嘘のように光は失われ絶望を示すような真っ黒へと染まっていた。
何が彼女をそうさせたのか、答えはおそらくこの先に……
バシ!
「だめだめ、弱気になっちゃダメだよ私!」
自身の頬を両手で挟み込むように叩いて痛みを与えることで、弱気の自分とさよならをする。
「よし!」
両手でぐっと拳を握り気合を注入した私は、差し込む陽光に身を包み込んだ。




