13話 二人への紹介
「あ、ひ、光ちゃん!」
寮のラウンジにある噴水付近に佇んでいた凜ちゃんは私を見つけるや否や、まるでご主人様を見つけた子犬のようにこちらへと小走りで駆け寄ってきた。
「お、おはよう、ひ、光ちゃん」
私の目の前で立ち止まった凜ちゃんは、アホ毛を犬の尻尾のようにぶんぶんと揺らしながら、照れくさそうに挨拶をする。
「おはよう、凜ちゃん」
「? ひ、光ちゃん。わ、わたしの顔を見て、な、なんでニマニマしてるの? わ、わたしの顔って、そ、そんなにへ、へ変かな?」
凜ちゃんに指摘された私は思わず顔に手を当てる。
自分ではいつも通りにしてるつもりだったが、無意識下で表情が緩んでいたらしい。
ニマニマする私に、凜ちゃんは自身の顔がおかしいのかと思い込み、瞳が不安げに揺れる。あらぬ誤解が生じているようなので、私は否定の意味を込めて、首を振る。
「あ、違う違う。その、ね。凜ちゃんがあまりにも可愛くて、それで……」
「か、可愛い!?」
誤解を解くためとはいえ、面と向かって「可愛い」と言うのは、思っていた以上に気恥ずかしい。
私の言葉を受けた凜ちゃんは、弾かれたように見開いた。もともと赤かった顔がさらに深くなり、熟れたりんごのように赤くなっていた。
「か、わいい……」
凜ちゃんは小さく零してから、 同じ言葉を飴玉を転がすみたいに何度も何度も復唱した後、俯き黙りこくる。
ラウンジには私たち以外の多くの生徒がおり、楽し気な会話が行き交っていた。けれど、その喧騒から切り取られたみたいに、私たちの間だけは妙に静かで、それがかえって気恥ずかしさを助長させていた。
「り、凜ちゃん。そろそろ朝食に行こっか! あはは~ 私、お腹ペコペコだよ~」
「う、うん、そ、そうだね」
気恥ずかしい空気感に耐えきれず、私はわざとらしく弾んだ声で朝食に行くように凜ちゃんに呼びかける。その提案に凜ちゃんは小さく頷くと、私たちは並んで寮にある食堂へと歩みを進めた。
*
寮の食堂はバイキング形式で、色とりどりの料理がずらりと並んでいた。湯気や香りが入り混じり、食堂にいる者達の空腹を多方面から刺激してくる。その術中にはまり、私のお腹がぐ~っ、と小さく鳴った。
食事に関して三つ葉女学院では、必ずしも寮の食堂で取らなければいけないという掟はない。
自炊する者もいれば、敷地内の商業エリアで済ませる者もいる。ただ、寮の食事と違って自己負担だが。
昨日、初めて寮の料理を食したが、どの料理も絶品で、頬が落ちるくらいに美味しかった。例え、散財したとしても、この美味しさの料理が絶対に食べれる保証があるのは、それだけで、心にゆとりを持たせてくれる。
まあ、だからと言って、散財していいわけではないけど。
私はトレイに料理を取り終え、凜ちゃんと向かい合うように席に着いた。
食事を摂ろうと手を付けようとした刹那――
「神崎さん、隣よろしいですか?」
私の背後から静かな声がかかる。視線を声元のほうへと向けると、料理の品々を乗せたトレイを手に持つ師匠の姿が。
「あ、師匠。全然かまいませんよ、どうぞ」
「ありがとうございます。では、失礼して……」
断る理由もないので私は頷く。
「し、ししょ、う……!?」
私の正面から裏返った声が響く。
見ると、凜ちゃんは目を丸くしながら、水面から顔を出した魚みたいに、ぱくぱくと口を動かしていた。
遅ればせながら気づく。
凜ちゃんの前で、師匠のことを「師匠」と呼ぶのはこれが初めてだと。
友達の口から、いきなりそんな単語が飛び出してきたのだから、何事かと混乱するのも無理はない。今の凜ちゃんにとっては、状況がまるで繋がっていないはずだ。
そう思い、私は軽く息を整えると、紹介も兼ねて、昨日の経緯をかいつまんで話すことにした。
「えっと、紹介するね」
私は右手をすっと持ち上げ、まるで店員さんが来客を案内するみたいに、柔らかく手首を返した。
「こちらは、一年Cクラスの嵐山四季さん。昨日の夜、訓練所で出会ってね。その時に色々指導してもらって……それで、私の方からお願いして、指導を施してくれてるの。だから、その……私にとっては、師匠って感じで……」
凜ちゃんは相変わらず目を丸くしたまま、数秒固まっていたけれど――やがて、ぱちぱちと瞬きを繰り返しながら、ようやく言葉を取り戻す。
「へ、へえ~ そうなんだ……」
口では納得したように相槌を打っているものの、その表情はどこか引きつっていて、いまいち理解しきれていないのがありありと伝わってくる。
「神崎さん、この方は?」
「あ、えっと、私のクラスメイトの水無月凜ちゃんです」
私がそう紹介すると、師匠は凜ちゃんに軽く会釈する。
「水無月さん。よろしくお願いします」
「あ、う、うん。よ、よろしく、ね」
どこかぎこちないながらも、凜ちゃんもぺこりと会釈する。
そうして挨拶を交わし終えると、私たちはそれ以上その話題に触れることもなく、朝食に手をつけたであった。




