14話 一枚の張り紙
朝食を食べ終え、校舎に着いた私達三人に凄まじい光景が飛び込む。
「な、なんか凄い人だかりだけど何かあったのかな?」
「皆さん、何やら掲示板を見て騒いでいるようですが」
私たちが目にしたのは、溢れんばかりの群衆。皆が皆、興奮しながら見つめる場所には掲示板がある。
皆が何に興奮しているのか気にはなるが、この人だかりの中、掲示板までの道のりを掻い潜る勇気を持ち合わせていない。
よっぽどのことがない限りは。
「みんなが何を見て騒いでいるのか気になるけど、この人ごみだし、後での方がいいかも」
「そうですね。それは懸命な判断だと思います」
「う、うん。そうだ、ね」
二人共私の意見に賛成らしく、逡巡することなく素直に首肯する。
私達は皆が興奮している様子を横目に、通り過ぎる――
「え、この内容マジ!? 白雪雫先輩のパートナー選抜が行われるの!?」
その内容が耳に届いた刹那、私の足は歩みを止めた。
「ひ、光ちゃん?」
「神崎さん?」
急に歩みを止めた私に二人は、眉を顰める。
「ごめん、凜ちゃん。師匠。やっぱり気になるから、先に行ってて」
「あ、光ちゃん!」 「神崎さん!」
私の名前を叫ぶ凜ちゃんと師匠に目もくれず、一目散に人ごみの海に飛び込んだ。
「ぐっ、ぐるじい……」
飛び込んで早々、前途多難だった。
目的地は明確なのに、私の身体はそれに反して、右往左往と彷徨っていた。
身体のあちこちが押しつぶされたり、他の人の肩や肘が私の身体や顔に当たり、鈍い衝撃が迸ったり、足を踏みつぶされたり、と災難の連続で。
それでも私は荒波に抗い、ゆっくりと一歩ずつ目的地までの距離を縮めていき――
「っ、ぷは!」
ついには海底から這い上がり、私は盛大に息を吸い、呼吸を整える。
顔を上げた先、一枚の用紙が目に飛び込んだ。そこには達筆な文字で、
”白雪雫のパートナー選抜のお知らせ”
と見出しにデカデカと、こう書かれていた。
急いで詳細を眺めたいが、この人だかりではじっくりと内容を咀嚼することが困難だと思い、ポケットからスマホを取り出し、パシャリと一枚。
画面をのぞき込み綺麗に撮れていることを確認した私は、再び身を荒波へと投じた。
行きの経験が活きたのか、帰りはすんなりで、気づけば私の全身は新鮮な空気に触れていた。
「ひ、光ちゃん。だ、大丈夫!?」
荒波から生還した私に凜ちゃんは心配そうに駆け寄ってくる。
目はほんのり赤く、目頭には少しだけ涙が浮かんでいた。
「もう、水無月さん過剰に心配しすぎですって。ただ人ごみの中に身を投じただけなんですから」
凜ちゃんの心配性に師匠は呆れたため息を零す。その表情は疲労が蓄積されたように少しやつれていた。
「神崎さん、あなたのお友達、心配性が過ぎます。ずっと子供みたいにあわあわして、と思ったら、急に泣き出すし、正直、対応に困りましたよ。はあ」
私が荒波にもまれている間に、二人の方も色々とあったみたいだった。
私が飛び出したせいで、凜ちゃんには心配かけ、師匠はそんな凜ちゃんの心のケアに疲労困憊気味になっていた。
「師匠、凜ちゃん。ごめんなさい、私のせいで、二人に迷惑をかけてしまって……」
「四季的には、水無月さんからその言葉が欲しいですがね。水無月さんが取り乱したりさえ無ければ、四季も疲労一つもせずに済んだのですから」
師匠は凜ちゃんを猫のように訝しげに睨みつける。
その強い視線に凜ちゃんはびくっと肩を震わせ、そそくさと私の後ろへと身を隠す。
「あ、あ、あの、えっと……その……ご、ごめん、な、さい」
「そんな身を潜めながら言われても誠意が伝わりませんよ。謝罪するなら、ちゃんと――」
「し、師匠! あ、あまり凜ちゃんを責めない上げてください。もともとは私が飛び出しのが原因です。なので、責めるなら私にしてください」
二人の溝が深まるのを危惧した私は、慌てて割って入った。これ以上、凜ちゃんが責められるのを見過ごすわけにはいかなかった。
さっきも言った通り、私の愚行のせいで、凜ちゃんにも師匠にも迷惑をかけてしまった自負がある。
だから、根本的に責められるべきなのは、私だけだ。
「はあ、もういいです。こんなことにエネルギーを使うのもバカらしくなってきたので、この件は水に流します。水無月さん、人には性格があるので、仕方ない部分もありますが、それでも、感謝とか謝罪とかはしっかりできた方がいいと思います。人として」
師匠は凜ちゃんを諭すような言い方で人としての教養を伝える。
それを受けた凜ちゃんは落ち込むように顔を俯かせた。
その様子を見た嵐山さんは、やれやれと言う風にため息を吐くと、視線を私に向ける。
「では、神崎さん。四季は先に教室に向かいます。夕食後の鍛錬で会いましょう」
「あ、はい、師匠。その、迷惑かけて本当にすみませんでした」
「もう十分に神崎さんの謝罪は頂けたので、もう結構ですよ。それに、憧れの人の話題なら気が引いてしまっても仕方ないですから」
師匠はそう言って私達に背を向ける。
「さて、四季は行きます。神崎さん夕食後に、また」
「はい、また」
別れの挨拶をした師匠は、私たちの前から去って行った。
「凜ちゃんごめんね、私のせいで色々……」
師匠が去ったことを機に私は傍にいる凜ちゃんに改めて謝罪をする。
「あ、う、ううん。そ、そんなことは……」
凜ちゃんはそういうものの、声に覇気はない。おそらく、師匠に言われたことが尾を引いている違いない。
「あ……」
何とか元気づけようと頭で考えるよりも先に私の右手は勝手に凜ちゃんの頭を撫でていた。
「え、えへへ~、ひ、ひか、りちゃん……えへへ~」
撫でられている凜ちゃんは、気持ちよさそうに頬が緩み切っている。
そこから、私に抱き着くと、顔を私のお腹辺りに埋め、甘えるように身体を預ける。
どうやら、凜ちゃんの元気は回復したらしい。
甘える凜ちゃんの姿があまりにも愛らしく、私は思わず笑みが零れる。
「さて、凜ちゃん、私達もそろそろ――って凜ちゃん?」
「ま、まだ、ひ、光ちゃんに、撫でてもら、いたい。だめ、かな」
「っ!?」
凜ちゃんは上目遣いで私にそうおねだりする。
その破壊力に、その反則級の愛らしさに、私は脳に電撃が走ったような衝撃が走る。
――か、可愛すぎる!!
「だ、ダメじゃない。わ、分かったよ。凜ちゃんが満足するまで、いいよ」
「え、えへへ~ ひ、光ちゃん。だ、大好き~」
凜ちゃんは甘え声でそう言って、さらに、ぎゅ~っと私にしがみつく。
私は、もう一度、凜ちゃんの髪に手を乗せて、なでなでを開始。
手に伝わる凜ちゃんの髪は、さらさらふわふわしていて、凄く心地いい。それは、もう、ずっと撫でていたいくらいに。
そうして、私たちは騒がしい空間の中、人目も気にすることなく、じゃれあうのであった。




