その時〇〇は!:朝廷
――内裏。清涼殿。 1533年、霜月の終わり。
夜は深かった。
朝議を終えた内裏には、まだ妙な熱が残っている。
公卿たちは興奮し、女房たちは囁き合い、蔵人たちは慌ただしく文を運ぶ。
誰もが理解していた。
今日、朝廷は“時代へ手を入れた”。
その事実を。
清涼殿の奥。
灯火の下で、数名の公卿が低く話していた。
「……あまりにも、大事にございます」
関白経験者の老公卿が呟く。
「四国全土を天領と定めるなど、前代未聞」
「しかも永代、にございます」
「うむ……」
重い沈黙。朝廷は本来、権威の場。だが実務と軍事は、長く武家へ委ねてきた。
それを今日、帝は、直接動かした。
しかも… 新官職まで作って。
『正二位 天領四州稀人特別区管理職』
未聞。前例なし。
だが…… だからこそ意味がある。
既存制度では収まらぬ存在だと、帝自ら認めたということだ。
若い公卿が、恐る恐る言った。
「ですが……あの御方は、まだ十一」
「だから良いのだ」
即座に返った声、皆が振り向く。
そこにいたのは、近衛家に近い老公家だった。
「大人では駄目だった」
「……」
「欲が混じる」
静かな声。
「だが、あの子にはまだ、“国を私する臭い”が薄い」
誰も反論できない。
実際、今日の朝議で最も異様だったのは、稀仁本人の態度だった。
驕りがない、権力欲も見えない。
ただ重責を受け止めようとしていた。
まるで、帝の言葉を、そのまま背負うように。
若い公卿が小声で言う。
「……帝は、いつから決めておられたのでしょう」
沈黙。
その時、一人が、静かに答えた。
「最初の御謁見より前であろう」
空気が揺れる。
「まさか」
「いや」
老公卿は目を閉じた。
「あの日、帝は既にお決めになっていた」
――錦の御旗。 ――正二位。 ――新官職。
全て、朝議の前に。
つまり今日の発表は、衝動ではない。寧ろ長い思案の果て。
帝は、“四州近衛という器”を作る覚悟を、既に固めていた。
別の公卿が低く言う。
「……なぜ、そこまで」
誰もすぐには答えなかった。
だが。
一人の老臣が、ぽつりと呟く。
「飢えておられるのだ」
「……は」
「帝も、この国も」
静かな声だった。
「長く、“終わらぬ乱世”に飢えておられる」
武家は争う。 守護は割れる。 民は死ぬ。
朝廷は、それを見続けてきた。
止められず、救えず、ただ、権威だけを抱えながら。
そんな中、阿波から届いた報告は違った。
港が栄え。 民が食べ。 寺子屋が増え。 女まで学び始めている。
しかもその中心にいるのは、たった十一の子供。
老公卿は静かに言う。
「帝は、“可能性”をご覧になったのだ」
部屋が静まり返る。
「武でなく」「略奪でなく」「恐怖でなく」
「民を生かして回る国の可能性を」
その時だった。
障子の向こうで、女房たちが小さく慌てる気配。
「……殿下?」
すす、と障子が開く。
そこにいたのは、永寿内親王だった。
幼い皇女は、少し困った顔をしている。
「申し訳ありません」
「どうなされました」
「よし様が……」
その瞬間、公卿たちの顔が微妙になる。
永寿内親王は、非常に言いにくそうに言った。
「錦の御旗を、“湿気が怖いので風通しの良い場所へ”と……」
全員の顔色が変わった。
「どこへ!?」
「廊下へ」
「お止めしなさい!!」
老公卿が立ち上がる。ばたばたと人が動く。国家級の大騒ぎ。
その頃、当の稀仁は、真顔だった。
「いやだって絹だし! 湿気大敵だし!」
「そういう問題ではありません!!」
「えぇ……」
未来の国家構想を背負う十一歳は。
まだ時々、“現代知識持ちの子供”が漏れる。




