『四州近衛家』と『伏見宮家』④
「これより先、皇家男子は仏門へ入れぬ」
繰り返される静かな宣言。
「男子が生まれれば、新たな宮家を立てる」
方仁親王も頷く。
「天皇直系の宮家を“血の避難所”にするのだ」
私の脳裏に、令和の光景が浮かぶ。
皇族数の減少。皇位継承資格者の不足。そして、“旧宮家復帰”を巡る議論。
全部、この人たちは既に理解している。
「……ですが」
私は慎重に口を開く。
「宮家が増えすぎれば、いずれ再び分散します」
「うむ」
主上は即座に頷いた。
「故に“循環”させる」
「循環?」
そこで、方仁親王が卓に置かれた湯飲みを指でなぞる。
「皇家と宮家を、婚姻で還流させるのだ」
私は察した。
「……伏見宮の直系は、皇家女子との婚姻で繋ぐ?」
「その通り」
主上は微笑まれた。
「そして皇太子には、伏見宮、あるいは四州近衛家の姫を迎える」
私は静かに目を伏せた。
四州近衛家。
本来なら、存在しなかった家。
“稀人”である自分が現れたことで、歴史に生まれた家。
主上は、その意味を理解していた。
「稀仁」
「はい」
「四州近衛家は、もはや単なる武家ではない」
静かな声。
「皇家と民を繋ぐ“橋”だ」
方仁親王が苦笑する。
「そなたの血は、妙に広がるのでな」
「……否定できません」
実際、未来ではそうなるだろう。
四州近衛家は皇家、親王家、宮家、新宮家の血のロンダリングのような役割を担うことになる。
公家もここを通じてしか皇統に血が繋がらなくなる。
藤原という家系すらも例外ではなくなる。
おそらくそれすらも主上は念頭に置いているのか?
『阿波』で育てられた、未来の知識や技術を知る四州近衛家の女子たちは、皇家、宮家、公家へと嫁ぎ、血を繋いでいく。
表に出ぬ形で。
静かに。
だが確実に。
主上は遠くを見るように言った。
「皇家とは、“固定された家”ではない」
「……」
「続くために形を変えるものだ」
その言葉に、昭和を思い出した。
敗戦。人間宣言。
“現人神”であることを否定し、象徴へ変わった天皇。
あれもまた、生き残るための変化だった。
主上は続ける。
「神であろうと、人であろうと良い」
「!」
「国が続くならば、形は変わってよいのだ」
私は完全に黙った。
この人は、本当に戦国時代の帝なのか。
いや…
戦国時代だからこそ、理解しているのだ。
“変われぬものは滅びる”と。
方仁親王が不意に笑った。
「もっとも、未来では色々揉めるのであろう?」
「……はい」
「女帝や女系の話か?」
私は頷いた。
主上は少し考え込み――。
「女帝は良い」
さらりと言った。
「!」
「過去にもおられる。問題はそこではない」
方仁親王も静かに続ける。
「問題は、“皇家の血統として人々が受け入れるか”だ」
重い言葉だった。
「制度だけでは国は続かぬ。民の納得が必要だ」
令和で繰り返される議論を思い出す。
男系。女系。女性天皇。旧宮家。
全部、“正解”がない。
だから揉める。
だが…
主上は静かに笑われた。
「されどな」
「はい」
「揉めるということは、まだ皆が“皇家を残したい”と思っておるのであろう?」
私は目を見開いた。
「あ……」
「本当に不要なら、議論すら起きぬ」
その言葉は、妙に胸へ刺さった。
主上は湯を一口飲み、穏やかに言う。
「ならば、まだ大丈夫よ」
朝の光が、主上の横顔を照らしていた。
その姿を見ながら、私はふと思った。
この人は、滅びを恐れながら。
それでも、五百年先を信じているのだと。




