『四州近衛家』と『伏見宮家』②
笑い声が静まったあと、主上は、ふと庭へ目を向けられた。
朝露を受けた松が静かに揺れている。
その横顔は穏やかだったが、どこか深く思案しているようにも見えた。
やがて…
「…… 伏見宮は、変えねばならぬ」
静かな声だった。
私と方仁親王は自然と姿勢を正す。
主上は続けられた。
「今のままでは、いずれ“枝”が増えすぎる」
「枝……」
「皇家より遠い血が増えれば、やがて“何のための宮家か”が曖昧になる」
私は息を呑んだ。
それは、五百年後に起きる問題を、半ば見抜いている言葉だった。
伏見宮家。
本来は、皇統断絶に備えるための保険。
だが、長く続けば当然、代を重ね、分流が増える。
血は薄まり、皇家との距離も開く。
そして未来では…
“六百年前に分かれた男系男子”へ、皇位継承資格を認めるべきか。
そんな議論が国を二分するまで至る。
主上はゆっくり言われた。
「余はな」
「はい」
「“男系”そのものが重要なのではないと思うておる」
方仁親王がわずかに目を見開いた。
「父上」
「無論、皇家の積み重ねは尊い。されど」
主上は静かに続ける。
「重要なのは、“皇家の時間を共に生きてきたか”であろう」
私は言葉を失った。
それだ。
令和で、多くの者が感覚的に抱いていた違和感。
たとえ男系でも、六百年前に別れ、完全に臣籍化したり、民間として生きた家を突然『皇家』へ戻せるのか。
それは本当に『連続した皇家』なのか。
主上は静かに言われる。
「ゆえに、伏見宮は一本でよい」
空気が張り詰めた。
「分家を重ねぬ」
「……」
「伏見宮の嫡流のみを、皇家の予備枝として残す」
方仁親王が低く問う。
「では、皇家の皇子の方は?」
「新たな宮家を作る」
主上は即答された。
「だが、伏見宮からさらに枝分かれはさせぬ」
私は理解する。
主上がやろうとしているのは。
“皇家の近さ”を維持する制度設計だ。
伏見宮は、皇家と常に婚姻を重ねる。
血を混ぜる。時間を共有する。
そうして、“限りなく皇家に近い予備枝”として保つ。
一方で、皇統の皇子達は仏門へ入れず、新宮家として残す。
つまり…
皇家全体の男子数は維持しながら、伏見宮系統もまた“薄まらせない”。
恐ろしく合理的だった。方仁親王がゆっくり頷く。
「なるほど……伏見宮を、単なる“男系保存庫”にはせぬのですね」
「うむ」
主上の目は静かだった。
「皇家とは、ただ血が繋がっておればよいものではない」
その言葉には、確かな実感があった。
「共に都を守り、祭祀を継ぎ、皇家として生き続けること」
それが、“皇家の時間”。
「五百年後の民が、六百年前に分かれた者を、突然“皇家”として迎えるのは」
そこで主上は少し苦笑された。
「……余には少々、難しく思える」
私は思わず呟いた。
「令和でその話したら、大論争になりますよ」
「であろうな」
主上、妙に納得顔だった。
方仁親王が腕を組む。
「だが、父上の理は分かります」
「ほう?」
「“血統”だけでなく、“連続性”を守るということでしょう」
「その通りよ」
主上は頷かれた。
「皇家とは、一つの生き物のようなものだ」
静かな声。
「ただ古い血を残すだけでは、魂が続かぬ」
この人、本当に戦国時代の帝なのか?
制度を、単なる権威ではなく、“継続する物語”として理解している。
だから、伏見宮を再定義する。
無限に枝分かれする“男系の保存”ではなく。
皇家と共に生き続ける、近しい予備枝として。
その時、主上がふっと笑われた。
「もっとも」
「?」
「未来では、其方の四州近衛家も、かなり皇家へ混ざることになる」
なんか、嫌な予感。
方仁親王も気づいたらしい。
そっと目を逸らしている。
だが主上は逃がさなかった。
「つまり」「はい」「未来の皇家は、“伏見宮の血”と“四州近衛家の血”がかなり混ざる」
「……まあ、はい」
主上、満面の笑み。
「では問題ないな!」
「何がですか!?」




