『伏見宮』の再定義④
その場に、静かな熱が残っていた。
戦国の内裏。
金もない。兵もない。
けれど今、この小さな部屋で交わされているのは、五百年先を見据えた話だった。
主上は、しばらく黙しておられた。
「……もっとも」
ふっと苦笑される。
「これをそのまま公家達へ話せば、半数は卒倒し、半数は“正気か”と言うであろうな」
『はるちゃん』が吹き出した。
「残り半分は?」
「頭を抱える」
方仁親王が真顔で答えた。
私は思わず笑ってしまった。
いや本当にそうだろう。
だって今の話、実質的には“皇室制度の再設計”だ。
戦国時代にやる話じゃない。
でも。
主上は、どこか静かな目をしておられた。
「だが、変えねば残らぬ」
その一言が、全てだった。
変化を拒めば、いずれ行き詰まる。
けれど… 変わりすぎれば、皇家ではなくなる。
その均衡を、この人は必死に探している。
ふと、主上がこちらを見る。
「稀仁」
「はい」
「其方、五百年後の令和の皇家は、民にどう見られていたと思う?」
私は少し考えた。
難しい質問だった。
「……敬われています」
「ほう」
「ですが、“遠い神”ではありません」
主上が静かに目を細められる。
「続けよ」
「人々のすぐ傍におられる方、でしょうか」
災害。祈り。慰問。
令和の天皇皇后両陛下の姿を思い出す。
「民と共にある存在として、見られている気がします」
静寂。
主上は、しばらく何も言われなかった。
「……そうか」
小さく、だが深く息を吐かれた。
「それは、良いことだな」
その声音は、本当に安堵しているようだった。
方仁親王が静かに尋ねる。
「畏れられてはおらぬのですか?」
「畏れもあります。ですがそれ以上に――」
私はゆっくり答えた。
「“居てくださる”という感覚でしょうか」
『はるちゃん』が、少し不思議そうに呟く。
「家族のようですね」
「……近いかもしれません」
主上が小さく笑われた。
「面白いものよ。かつては天に最も近い存在として崇められ、五百年後には、 民の最も近くにおられるのか」
「ですが、だからこそ続いたのかもしれません」
その言葉に、主上は、ゆっくり頷かれた。
「形を変えたのだな」
「はい」
「変わりながら、続いた」
その瞬間。
この人はきっと、理解したのだと思った。
“皇家とは不変であること”ではなく。
“変わりながら続くこと”なのだと。
方仁親王が静かに言う。
「ならばやはり、宮家は必要でしょう」
「うむ」
「枝があるからこそ、幹は折れぬ」
主上は、穏やかな目で庭を見つめられる。
「伏見宮。新宮家。そして四州近衛家」
その声は静かだった。
「皆、未来へ続くための枝よ」
『はるちゃん』が、ふと悪戯っぽく笑った。
「つまり、よし様は、“皇家予備枝”ですね」
「その言い方やめてください」
方仁親王が真顔で頷く。
「概ね正しい」
「親王殿下まで!?」
主上まで肩を震わせて笑っておられる。
なんだこれ。
日本の未来を論じてたはずなのに、最後の扱いが雑すぎる。
けれど…
その笑い声を聞きながら、私は少しだけ思った。
ああ。
もしかすると…
こういう時間そのものが、五百年を繋いでいくのかもしれない、と。




