『伏見宮』の再定義③
しばらく、誰も口を開かなかった。
主上の言葉は、あまりにも重かったからだ。
やがて… 方仁親王が静かに言う。
「ですが主上。それでは、再び皇統男子が減ります」
「……うむ」
「伏見宮だけでは、五百年先までは持たぬでしょう」
その瞬間、。主上の目が、静かに細められた。
「だから変える」
空気が止まった。
「これより先、天皇家男子は、基本的に仏門へ入れぬ」
私は思わず顔を上げた。
『はるちゃん』も息を呑む。
それは、この時代では、かなり大きな転換だった。
皇家男子が出家するのは、長い伝統。
政治争いを避け、皇位継承権を整理する意味もある。
だが。
「それでは、皇統そのものが細る」
主上は、はっきり言われた。
「戦乱。病。夭折」
静かな声。
「この国は、あまりにも人が死ぬ」
……重い。
だが真実だ。
戦国時代の平均寿命は短い。 子供が成人するだけでも難しい。
その中で、 皇家男子を自ら減らしていては、 いずれ行き詰まる。
方仁親王が静かに頷く。
「つまり」
「うむ」
主上は続けられた。
「皇統男子は、宮家として残す」
『はるちゃん』が小さく目を見開く。
「新たな宮家を……?」
「必要であれば、増やす」
私は戦慄した。
この人。
本気で“未来の皇室制度”を作り替えようとしている。
主上は静かに言われる。
「伏見宮のみでは足りぬ」
「ならば、新たな枝を作る」
方仁親王が問い返す。
「ですが、枝が増えすぎれば争いになります」
「ゆえに、役目を分ける」
主上の声は落ち着いていた。
「本流。伏見宮。そして新宮家。それぞれ、皇家を支える柱とする」
『はるちゃん』が呟く。
「まるで大樹ですね……」
「うむ」
主上は微笑まれた。
「幹が一本では、嵐で折れる」
だから。
「枝を持つ」
私は、令和を思い出していた。
もし…
もし本当に、この時代からそうした制度が続いていたなら。
未来の“旧宮家問題”は、かなり違う形になっていたかもしれない。
そもそも『伏見宮』系統は一枝のみ残される。
その結果、令和でいう伏見宮系統の『旧宮家』は存在しなくなるだろう。
この世界線では、宮家は天皇の直系のみになる。
仮に途絶えかけても、宮家には常に天皇の直系男子が配される。
常に天皇家の近しい男系男子によってそれは維持されていく。
『宮家』の形が自分の知る形と変わっていく。
これによって、五百年先の日本の分断を防ぐことができる可能性もある。
主上がこちらを見る。
「稀仁」
「はい」
「其方の四州近衛家も、その枝の一つよ」
「……皇家の?」
「そうだ」
私は言葉を失った。
武家なのに。公家なのに。なのに、皇家の枝として扱われている。
方仁親王が静かに補足する。
「ただし、四州近衛家は特殊です」
「特殊?」
「皇統男子を出す家ではない」
その代わり。
「皇家女子を受け入れ、また皇家へ返す」
血を循環させる役目。
閉じすぎないための外殻。
後奈良天皇が小さく笑われた。
「いずれ後世の者達は、“なぜ皇家が続いたのか”を議論するであろう」
「……はい」
「だが実際には、こうして泥臭く繋いでいくしかないのだ」
その言葉が、妙に胸へ刺さった。
神話でも奇跡でもない。
制度。婚姻。養育。政治。
人間達が必死に考え、守り、繋いできた結果として、皇家は続く。
『はるちゃん』が、ふと柔らかく笑う。
「でも、少し安心しました」
「何がです?」
「もし男子が皆、仏門へ入るままだったら」
彼女は静かに言った。
「未来は、もっと苦しかった気がします」
主上は、ゆっくり頷かれた。
「余もそう思う」
そして。
「だから、今ここで変えるのだ。五百年後、国を二つに分けぬように」
その声には、戦国の混乱の中でも、未来へ道を残そうとする強い意志が宿っていた。




