『伏見宮』の再定義②
沈黙が落ちた。
だがそれは、重苦しいものではなかった。
もっと静かな、長い時間を見据える者達の沈黙。
主上は、ゆっくり茶を口にされる。
「四州近衛家は、いずれ皇家へ取り込まれていくであろう」
静かに、だがはっきりと言われた。
私は目を瞬かせた。
「……取り込まれる?」
「うむ」
主上は頷かれる。
「最初は武家でよい。公武の橋であればよい」
けれど。
「百年。二百年。三百年と続けば、血は混ざる」
方仁親王が静かに続けた。
「娘は皇家へ。宮家へ。親王家へ嫁ぐ」
「その子らは、再び皇家の血となる」
私はゆっくり理解していく。
つまり。
四州近衛家は、独立した巨大武家として残すのではない。
むしろ逆。
時間をかけて、皇家へ還していく。
方仁親王が静かに言う。
「其方の家は、“外にある皇家”になる」
背中に冷たいものが走る。
「外にある……皇家」
「完全な宮家ではない。されど、皇家と切り離せぬ家」
その言葉は、どこか伏見宮に似ていた。
だが違う。
伏見宮は皇統男子を残す家。
一方、四州近衛家は、女子を通じて皇家へ血を返していく家。
主上が静かに言われる。
「皇家は、閉じれば弱る」
「……」
「されど開きすぎれば、皇家ではなくなる」
だから。
「近すぎず。遠すぎず。繋ぎ続ける」
その均衡。
それこそが、数百年続く家に必要なもの。
『はるちゃん』が、少し照れたように笑う。
「つまり私達の子供達は、かなり大変そうですね」
「間違いなくな」
方仁親王が即答した。
「特に女子」
「やっぱりですか……」
私は頭を抱えたくなった。
娘達、絶対に幼少期から縁談が飛び交う。
しかも相手が。
皇家。 宮家。 摂関家。
政治的重量が重すぎる。
後奈良天皇が少し笑われた。
「まあ、其方に似れば案外うまくやるやもしれぬ」
「どういう意味ですか」
「諦めが早い」
「ひどい」
『はるちゃん』が吹き出した。
「でも少し分かります」
「『はるちゃん』まで!?」
「よし様は、覚悟を決めると急に達観しますもの」
否定できなかった。
戦国を生きてると、ある瞬間から“もう腹を括るしかない”となることが多い。
方仁親王が、ふと真面目な顔になる。
「ですが」
その声は静かだった。
「これは、血を利用するという話ではありません」
「……」
「“残す”のです」
その言葉に、私は顔を上げた。
「五百年後、形は変わるでしょう」
「はい」
「男系という言葉も、女系という言葉も、今とは違う意味を持つやもしれぬ」
未来では、制度も価値観も変わる。
けれど。
「それでも、“この国と共に続いてきた家”という記憶は残る」
主上が静かに頷かれる。
「皇家とは、血のみではない」
「……」
「人々が、“この国の象徴”として受け継ごうと願う心。それもまた、皇家を支えるものよ」
私は、令和の景色を思い出していた。
災害の時、静かに被災地へ向かわれる天皇。
国民に寄り添おうとされる姿。
あれもまた、“続いてきたもの”だった。
主上は、窓の外へ視線を向ける。
「だから余は、血を残すだけでは足りぬと思っておる」
「はい」
「“皇家が皇家であり続ける理由”も、共に残さねばならぬ」
その言葉は、妙に胸へ響いた。
戦国の、困窮した帝。
武力も金もないと言った人。
けれど…
五百年後まで続く“何か”を、確かに見据えている人だった。




