『伏見宮』の再定義①
朝の光が、障子越しに柔らかく差し込んでいた。
御所の一室。
先ほどまでの穏やかな空気とは違い、今は静かな緊張が漂っている。
主上は、思案するかのようにしばらく黙って庭を見ておられた。
やがて…
「……方仁」
「はい」
「余は、皇家の形を変えねばならぬと思う」
その一言で、空気が変わった。
『はるちゃん』も姿勢を正す。私も息を呑んだ。
これは雑談ではない。“制度”の話だ。
主上は静かに続けられる。
「今のままでは、皇家は細すぎる」
「……はい」
「皇統が一筋しか無ければ、一度の乱、一度の病で絶える」
それは、五百年後の令和にも繋がる問題だった。
男子継承者の減少。
宮家の減少。
あまりにも細くなった皇統。
主上は、まるで未来を見ているような目をされる。
「故に、伏見宮を再び定め直す」
方仁親王が静かに目を伏せた。
既に話を受けていたのだろう。
「伏見宮は引き続き“皇統男子を残す家”とする」
私は顔を上げた。
「ただし」
帝の声は冷静だった。
「無制限には増やさぬ」
その視線がこちらへ向く。
「かつてのように、枝が増えすぎれば、やがて争いの火種になる」
……確かに。
皇位継承権を持つ家が増えすぎれば、南北朝のような問題にもなりかねない。
「ゆえに」
主上はゆっくり言われた。
「伏見宮男子は、嫡流以外、基本は仏門へ入れる」
『はるちゃん』が静かに目を伏せる。
この時代では、それは珍しいことではない。
皇家男子が出家するのは、むしろ長い伝統だ。
だが。
「伏見宮の直系は、皇家女子との婚姻から生まれた子のみ」
私は目を見開いた。
つまり… 他の従来の藤原『宮家』を通さないということだ。そして皇家の血を、母系でも必ず通す。
完全な『男系絶対』だけではなく、常に“皇家との結びつき”そのものを重視する構造。
『皇家』と『伏見宮』が常に絡み合うということだ。
方仁親王が静かに補足する。
「皇統から離れすぎぬように、ということです」
「……なるほど」
主上は続けられる。
「そして皇太子」
空気がさらに重くなる。
「正室は『伏見宮』あるいは『四州近衛家』の女子から迎える」
……来た。
完全に来た。
四州近衛家、完全に皇家システムへ組み込まれてる。
主上は淡々としていた。
「皇統を続けるには、血を安定して繋がねばならぬ」
「伏見宮は皇家男子を残す。四州近衛家は、皇家と武家の橋となる」
その言葉に、私は戦慄した。
この人、本気で“数百年単位”で制度を組もうとしている。
主上は『四州近衛家』をクッションにして、従来の『宮家』、おそらく『武家』からの干渉させない仕組みを作ろうとしている。
『伏見宮』を継ぐには『皇家』の血を持つ者のみだ。しかも他には継承資格が与えられない。
つまり、他の『宮家』や『武家』からの干渉を排除するつもりだ。
同様に『皇家』に嫁ぐには従来のような『宮家』『武家』から直接入ることもできなくしようとしている。
つまり『皇家』にも直接干渉できないってことだ。
『皇家』に入れる前に『伏見宮』もしくは『四州近衛』のフィルターを通さなければならないということになる。
『伏見宮』も嫡流以外の男子は制限されるが、女子は『皇家』に組み込まれていく。こうなると、本来は『近親婚』で遺伝子的にも危険になるけれど、そこで『四州近衛』だ。ここで血が薄まるということなんだろう。
『はるちゃん』が、少し複雑そうな顔で笑った。
「つまり私は、かなり重要な位置ということですね」
「うむ」
主上は即答された。
「永寿は始まりになる」
その瞬間、部屋が静まり返った。
始まり。
つまり…
四州近衛家と皇家を結ぶ、最初の正式な結節点。
方仁親王が静かに言う。
「五百年後。もし皇家が続いているなら」
その目がこちらを見る。
「おそらく、伏見宮と四州近衛家の血は、幾重にも交わっているでしょう」
私はゆっくり息を吐いた。
令和。
旧宮家問題。
男系。
女系。
その議論を、この時代の人々は、もっと生々しく理解している。
“絶やせば終わる”。
その恐怖を、骨身で知っているから。
主上がふと笑われた。
「もっとも」
「はい?」
「五百年後の者達に、“戦国の帝がこんな制度設計していた”などと言っても、 誰も信じぬであろうな」
『はるちゃん』が吹き出す。
「確かに」
「むしろ後世の学者が、“後世の創作”と言いそうです」
方仁親王まで真顔で頷いた。
「あり得ますね」
いや。実際そうなると思う。
だって今やってる会話、あまりにも未来的すぎる。
けれど… 主上は静かに言われた。
「形は変わってもよい」
その声は、不思議なほど穏やかだった。
「されど、繋ぐことだけは止めてはならぬ」
私はその言葉を、深く胸に刻んだ。




