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[4万PV達成!感謝]長慶さんに転生してしまった!  作者: 天の樹
孫次郎の『徒然日記』① 元服と婚姻と四州近衛家

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内裏の朝④

 今朝の朝餉の席には、夜とはまた違う静けさがあった。

 昨夜の語らいは、どこか“未来”を覗き込むような時間だった。


 私は今朝の会話を思い出していた。



「…… 其方、本当に十一か?」


 方仁親王が半眼で言う。


「時折、千年くらい生きておる顔をする」

「親王殿下まで?」


 『はるちゃん』がけらけら笑う。


「昨日も申しましたでしょう? よし様、たまに仙人みたいになりますの」

「仙人はまだしも老人扱いは心に来ます……」


 主上が肩を震わせて笑われた。

 その穏やかな空気の中。

 ふと、方仁親王が言われる。


「実は先ほどの“未来の皇家”の話、まだ気になっておる」


 空気が少し変わった。


「伏見宮のことだ」


 私は姿勢を正した。


「はい」

「未来では、皇家の血を保つため、伏見宮の流れを重んじるのであろう?」

「……そうなります」


 主上が静かに頷かれる。


「不思議なものよな」

「と、申されますと?」

「本来、帝の子は、後継以外、多くが仏門へ入る」

 

 私は頷いた。

 それはこの時代では、ある意味“常識”だ。

 皇子が増えすぎれば、皇統争いの火種になる。

 ゆえに、出家。

 あるいは臣籍降下。

 皇家の血を持ちながら、“皇位から離れる”ことで、国を安定させてきた。

 

「伏見宮は違うのだろう?」


 親王が言う。


「皇統に連なる宮家として、数を増やし、代々、“皇家のまま”続いておる」

「はい」

「つまり、“いつか必要になるかもしれぬ血”として、残されておるわけだ。かといって、そこから皇統に交わるものはこれより先の五百年は出なかった」


 その通りだった。後の世、皇統が危うくなるたび、伏見宮系統は重要な意味を持つ。

 しかし、彼らに皇統が移ることはなかった。それも血が遠いという理由でだ。

 そして、現代の旧宮家問題もまたその延長線上にある。


 主上が箸を置かれた。


「稀仁」

「はい」

「未来では、その伏見宮の流れを、再び皇家へ戻そうという議論があるのであろう?」

「……あります」


 『はるちゃん』が目を丸くした。


「戻す?」

「はい。未来では、ある時期に多くの宮家が皇籍を離れます」

「離れるのか!?」


 方仁親王が驚く。


「はい。ですが、離れた『宮家』の血統自体は伏見宮由来です。つまり、男系としては遠すぎはしますが皇家に連なっています」


 主上が静かに目を細められる。


「……六百年近く前の枝葉か」

「はい」

「それを、再び皇家として迎えるか否か」

「それが議論になります」


 沈黙。

 そして、方仁親王が低く唸った。


「難しいな……」

「はい」

「血は繋がっておる。だが、あまりにも血が遠い」


 私は頷く。


「未来でも、そこが大きな論点になります」


 『はるちゃん』が不思議そうに首を傾げた。


「でも…… 血が続いているなら、問題ないのでは?」


 その言葉に、主上と親王が、同時に苦笑された。


「永寿」

「はい?」

「皇家とは、血だけでは成り立たぬ」


 静かな声だった。


「民が“皇家である”と認めること。それが必要なのだ」


 私は息を呑んだ。

 ああ。やはりこの人たちは、本質を分かっている。

 方仁親王も続ける。


「たとえ男系でも、八十年近くも民の間で暮らした者を、突然“今日から皇家です”と言われて、民が受け入れるかは別問題だ」

「……はい」

「逆に、長く皇家として生き、民に支えられてきた者なら、そちらを自然と感じる者もおろう」

 

 それは… まさに未来の議論そのものだった。

 男系か。女系か。伝統か。現実か。制度か。国民感情か。

 簡単に答えの出る話ではない。

 主上が白湯を口に含まれ、静かに言われた。


「……だがな」

「はい」

「皇家とは、本来“国を分けぬ”ためにある」


 その言葉に、全員が静まった。


「正しさを競えば、人は争う」


 主上の目は穏やかだった。


「されど、皇家が争いの中心となれば、国が裂ける」


 戦国を生きる帝だからこその、重みだった。


「ゆえに、皇家は“勝つ”のではない」


 静かな声。


「“続く”のだ」


 私は思わず、昨日の言葉を思い出した。

 ――国とは、“続ける”ことに意味がある。

 方仁親王が苦笑する。


「……父上は、昔からそればかり申される」

「大事なことだからな」

「理は分かります。ですが未来人殿の話を聞くと、後の世も苦労しておるのですね」

「……かなり」


 思わず遠い目になった。


 『長慶おじさん』が脳内でぼそりと呟く、『お主、未来の政治の話になると急に胃痛顔になるのう』

 やめて。否定できない。

 『はるちゃん』が不意にこちらを見た。


「でも」

「はい?」

「よし様は、未来でも皇家が続いていること、嬉しいのでしょう?」


 その問いに。私は少し考えた。

 そして


「…… そえですね。はい」


 素直に頷いた。


「色々あります。議論も、問題も、対立も」


 でも。


「それでも、少なくとも千五百年以上続いたものを、今も守ろうとしている人がいる」


 主上が静かにこちらを見る。


「そのことは、私は…… 嬉しいです」


 その瞬間、主上は、本当に穏やかに笑われた。


「そうか」


 たったそれだけ。

 なのに… その笑顔は、どこか救われたようだった。


 『はるちゃん』はふと首を傾げた。


「でも不思議です」

「何がです?」

「よし様、未来のお話をされる時、皇家のことをとても大切に話されますのに」

「……はい」

「同時に “変わること”も受け入れておられる」


 その言葉に、私は少し黙った。

 確かにそうだった。

 前世の私は、令和を生きていた。

 伝統を守ろうとする人もいた。

 変化を求める人もいた。

 女性天皇。女系天皇。旧宮家。伏見宮系統。男系継承。象徴天皇制。

 様々な考えがあった。

 

「……たぶん」


 私は静かに言った。


「未来の人間は、“変えたい”わけではないんです」


 三人がこちらを見る。


「むしろ逆です」

「逆?」

「“続いてほしい”んです」


 主上の目が静かに細められた。


「だから悩むんですよ」


 血統を守るべきか。

 制度を変えるべきか。

 伝統を優先するか。

 現実を優先するか。

 どれも… 根底には“続いてほしい”という願いがある。


「……なるほどな」


 親王が小さく呟いた。


「争っているようで、本当は皆、“終わらせたくない”のか」

「はい」


 『はるちゃん』が、そっと微笑む。


「優しいですね」


 その言葉に、私は苦笑した。


「未来人、優しくはないですよ」

「そうです?」

「かなり揉めますし、言い争いますし、政治も絡みます」

「うわぁ……」


 『はるちゃん』が露骨に嫌そうな顔をした。

 分かる。私も嫌だった。

 だが主上は、静かに笑われる。


「されど、それだけ真剣に考えてくれているのであろう?」


 私は答えられなかった。

 代わりに、小さく頷く。

 すると『はるちゃん』が、ふわりと笑った。


「なら、きっと大丈夫です」

「……何がです?」

「未来の日の本です」


 あまりにも自然に言われて、私は少しだけ、目を見開いた。


 戦国時代。

 都は荒れ、武士は争い、明日の保証すらない時代。

 その中で。

 この少女は、五百年後の国を、まるで当然のように信じていた。

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