内裏の朝②
朝餉の後。
庭に面した廊下で、私はぼんやり朝靄を眺めていた。
昨夜から、あまりにも濃い話が続きすぎた。
未来。皇統。女帝。旧宮家。令和。
その全部を、この時代の帝と親王が真正面から受け止めている。
頭がおかしくなりそうだった。
脳内の『長慶おじさん』がしみじみ呟く
『しかしまあ…… まさか帝と“女系天皇”について議論する未来になるとはな』
(それは私も思ってます)
「稀仁」
振り返ると、方仁親王だった。
朝日が差し込み、まだ若い親王の横顔を淡く照らしている。
「少し良いか」
「はっ」
親王は廊下へ腰を下ろされた。
「隣へ」
「…… 失礼します」
並んで座る。
しばし沈黙。
風だけが静かに吹き抜けた。
やがて親王が口を開く。
「“四州近衛家”」
その言葉に、私の肩がぴくりと揺れた。
「妙な名だな」
静かな声だった。
だが、探るような響きがある。
思わずは苦笑した。
「……やはり違和感ありますか」
「当然だ」
親王は即答した。
「近衛とは本来、摂関家。公家の頂点」
そして視線を向ける。
「それを武家である三好が分家の形とはいえ、その名を得て家を興す。本来なら前代未聞だ」
「……はい」
「だが」
親王は少し目を細めた。
「父上は許された」
主上。
あの人の顔が浮かぶ。
「なぜだと思う?」
ああ、これは試されているな。
「……必要だったから、でしょうか」
「何に?」
「皇家と武家を、繋ぐために」
親王は静かにこちらを見た。
否定しない。私は続ける。
「今の都は、もう昔のようには回っていません」
「……」
「公家だけでも、武家だけでも、もう国は支えられない」
戦国時代。
室町幕府は崩れ、秩序は壊れ、武士達は食い合っている。
そんな中で皇家を守るには、新しい形が必要だった。
「だから、“近衛”を別の形で残そうとした」
親王の目が、わずかに細くなる。
「形を変えてでも」
「はい」
沈黙。
やがて。方仁親王はふっと笑った。
「やはり其方、未来人だな」
「え?」
「“家”を個人でなく、制度として見ておる」
ぎくりとした。
確かにそうだった。
現代人の感覚では、家とはある意味機能だ。
単に血筋を残すためのものだけではない。
そして極端に言えば役割を継ぐものともいえる。
親王は空を見上げる。
「だが、それで良いのかもしれぬな」
ぽつりと漏らされた声。
「時代が変われば、家もまた変わる。また… 変わらねば、滅びる」
その言葉には、妙な実感があった。親王自身、分かっているのだ。
今、時代が壊れ始めていることを。
「……恐ろしくないのですか」
「何がだ」
「武家に、そこまで皇家へ近い立場を与えることが」
戦国時代。
武士は力を持っている。
一歩間違えれば、皇家すら呑み込める。
だが、親王は笑われた。
「今更であろう」
「え?」
「そもそも、皇家は武なくして生き残れぬ」
あまりにも率直だった。
「公家だけでは、都すら守れぬ時代だ」
否定できない。
「ならば」
親王は続ける。
「皇家を理解する武家を、皇家側へ取り込む方が早い」
『長慶おじさん』が、脳内で静かになった。たぶん驚いている。
この時代の親王が、ここまで冷静に現実を見ていることに。
「四州近衛家、か」
親王が小さく笑う。
「その存在は奇妙ではある」
「否定はされませんか」
「する理由がない」
即答だった。
「皇家が認め、民が認め、国を支え続けるなら… しかもそれはもう存在しておる」
そして。親王はじっと私を見る。
「だが」
「……はい」
「其方、いずれ“境目”になるぞ」
空気が変わった。
「境目?」
「公家と武家。古き世と新しき世。皇家と天下人」
親王の声は静かだった。
「その全ての狭間に立つ」
私は息を呑む。
それはまるで――
自分の知っている歴史。
後の織田。豊臣。徳川へ繋がる、巨大な時代の転換点。
その入口に、自分が立っていると言われたようだった。
方仁親王は少し笑う。
「だからこそ、父上は其方を気に入ったのだろう」
「え」
「珍しいのだ。“未来を知ってなお、皇家を軽んじぬ者”は」
その瞬間、昨夜の言葉が脳裏をよぎる。
――国とは、“続ける”ことに意味がある。
私は静かに俯いた。
「…… 私は」
「うむ」
「令和(未来)を知っています」
「だろうな」
「そこにあった問題も、議論も、不満も、全部あったことを知っています」
親王は黙って聞いていた。
「でも」
ゆっくり顔を上げる。
「それでも、千年以上続いたものが、五百年経った未来でもまだ残ってるんです」
朝日が差し込む。
「だから、たぶん」
「……」
「この国は、未来へ繋ぐ価値があると思います」
親王は、しばらく何も言わなかった。
やがて、静かに笑われた。
「そうか」
その顔は、どこか嬉しそうだった。
その時、遠くから、ぱたぱたと走る音。
「よし様ー!」
来た。『はるちゃん』だ。
「大変です!」
「何がですか」
「父上が!」
親王と顔を見合わせる
「氷室を増やすと仰ってました!」
「行動が早い!」
親王がとうとう吹き出した。
「父上らしいな……」
「方仁兄上様まで笑ってる!?」
「いや、未来の話より先に、冷たい甘味へ辿り着こうとしておる父上が面白くてな」
ひどい。でも否定できない。
すると、奥の方から、主上の声が聞こえた。
「稀仁ー!」
主上、めちゃくちゃ声が明るい。
「乳を凍らせれば良いのか!?」
本気だこの人ーーー!
『はるちゃん』がきらきらした目で立ち上がる。
「行きましょう。よし様!」
「いやちょっと待ってください! 衛生管理とか塩硝とか説明が――」
「よし様!」
「はい?」
「未来の甘味は、未来へ繋ぐ価値があります!」
なんでそんな名言っぽく言うの。
親王が笑いを堪えきれず顔を覆った。
朝の内裏に、珍しく明るい笑い声が響いていた。




