内裏の朝①
夜明け前の内裏は静かだった。
まだ空は群青色で、東の空にうっすら白が滲み始めたばかり。
稀仁――いや、 四州近衛家当主となった(元)三好長慶こと私はふと目を覚ました。
障子の向こうから、かすかに衣擦れの音が聞こえる。
御所だ。
当然なのに、改めて実感すると妙な気分になる。
戦国時代。京。内裏。しかも主上の私室近くで宿泊。
前世の自分が聞いたら、「歴史オタクの妄想か?」と笑うだろう。
だが現実だった。
私は静かに起き上がる。
脳内では『長慶おじさん』が、なぜか得意げだった。
『ついに内裏宿泊実績解除だ』(ゲームじゃないんですけど)
『しかも主上と朝餉とか、普通なら公家でも一生ないぞ』
それはそう。
というか、改めて考えると胃が痛い。
昨日は議論の勢いで普通に話していたが、一晩経って冷静になると、自分がどれだけ恐ろしい相手と語っていたか分かる。
主上。そして方仁親王。
歴史そのものみたいな人達だ。
「よし様ー!」
小走りの音。障子が勢いよく開いた。
「朝です!」
元気いっぱいの『はるちゃん』だった。
まだ朝焼け前なのに、なんでこんなに元気なの?
「……早いですね」
「主上も方仁兄様も、もう起きておられます!」
あの親子、睡眠時間どうなってるの?
「それと!」
『はるちゃん』が目を輝かせる。
「今日は“あいす”のお話の続きをするそうです!」
やっぱりそれかーーー!
『長慶おじさん』が爆笑している。『帝、完全にハマっとる』
(いや昨日の食いつき方すごかったもんな……)私は深く息を吐いた。
「……参りましょう」
◇◇◇
朝の御所は、夜とはまた違う空気だった。
庭には朝露が降り、薄い靄が白く漂っている。
静かで、澄みきっていて。まるで世界そのものが、一度洗われたようだった。
案内された部屋では、すでに主上と方仁親王が座していた。
「おお、稀仁。よく眠れたか」
主上が穏やかに笑われる。
その横で、方仁親王がじっとこちらを見ていた。
昨日より、少し表情が柔らかい。
「……眠れました」
「そうか。なら良い」
方仁親王がふっと口元を緩めた。
「父上は昨夜、稀仁と話をしたあと、妙に機嫌が良かったぞ」
「方仁」
「事実でしょう」
親王、容赦ない。
主上が少し咳払いされた。
「……未来の話は、実に興味深かったのでな」
いや絶対アイスの話も含まれてる。
すると、膳が運ばれてきた。
湯気の立つ粥。焼き魚。汁物。香の物。
豪華というより、質素で丁寧な朝食だった。
けれど、妙に落ち着く。
「……美味しい」
思わず漏れた。主上が笑われる。
「派手な物はないがな」
「いえ。こういうの、好きです」
その瞬間、方仁親王が、じっとこちらを見た。
「…… 未来でも、このような朝餉は残っておるか?」
問われて私は少し驚く。
「ありますよ」
「ほう」
「米と味噌汁と魚。形は変わっても、結構みんな好きです」
主上と親王が、同時に少し安堵した顔になった。
「そうか……」
ぽつりと、主上が呟かれる。
「ならば、日の本はちゃんと続いたのだな」
その言葉に、胸が少し熱くなる。
何気ない朝食。
けれど、この人達にとっては、“未来へ残る文化”そのものなのだ。
方仁親王が静かに口を開いた。
「昨日の話だが」
「はい」
「女帝と女系の違い。あれは興味深かった」
空気が少し引き締まる。
主上も静かに聞いておられる。
「未来では、そこまで皇家の血筋について議論になるのか」
「……なります」
私は正直に答えた。
「特に、“どこまでを皇家とみなすか”は」
親王が頷く。
「旧宮家の件か」
「はい」
昨日の議論の続きだった。
「未来では、六百年前に分かれた伏見宮系統の男子に、皇位継承資格を与える案があります」
主上が少し目を細める。
「六百年……」
「ですが、“そこまで離れてなお皇統と言えるのか”という意見もあります」
静かな沈黙。
やがて方仁親王が口を開いた。
「稀仁」
「はい」
「逆に問おう」
親王の目は鋭かった。
「未来の人間は、何をもって“皇家”と考えておる?」
その問いに、私は言葉を詰まらせた。
血か。
制度か。
歴史か。
民の認識か。
全部だ。
全部なのに、どれ一つだけでは成立しない。
方仁親王は続ける。
「男系とは、ただの血筋ではない」
「……」
「“続いている”という物語だ」
その言葉に思わず息を呑んだ。
「たとえ遠縁でも、人々が“皇家である”と認識し、皇家自身もまた責を負うなら、それは繋がっておる」
親王は静かに膳へ視線を落とす。
「逆に。血が近くとも、その覚悟を失えば、皇家ではなくなる」
その言葉は、驚くほど重かった。
主上が穏やかに微笑まれる。
「方仁は昔から、その辺り妙に厳しいのでな」
「父上が甘すぎるのです」
「ははは」
主上が笑う。
なんだこの空間。
歴史の超重要議論してるのに、妙に家庭感ある。
その時だった。『はるちゃん』が、そっと稀仁の袖を引っ張った。
「よし様」
「はい?」
「……“あいす”は?」
まだ覚えてたの!?
方仁親王が吹き出した。
主上も耐えきれず笑われる。
「はる、朝からそれか」
「だって気になります!」
「余も気になる」
帝まで乗っかってきたーーー!!
私は思わず額を押さえた。
令和の皇位継承問題。
男系と女系。
六百年の皇統議論。
そんな重い話をした直後なのに。
この人達、最終的に全部“アイス”に戻るんだよな……。
でも、悪くない。
たぶん、国というのは…
こういう、どうでもいいような笑いを、次の時代へ残していくことなのかもしれなかった。




