未來の皇家③
しばらく、誰も口を開かなかった。
灯火が静かに揺れる。
遠くから、夜の京の音が微かに聞こえていた。
飢えた都。 荒れた町。 争いの絶えぬ時代。
けれどこの小さな部屋だけは、不思議と穏やかだった。
やがて…
方仁親王がぽつりと呟かれる。
「……未来の者たちは、皇家を不要とは言わぬのか」
その問いは、あまりにも静かだった。
だが、そこに滲んでいた不安に、私は息を詰めた。
今の皇家は弱い。
武もない。 銭もない。 軍もない。
だからこそ、誰よりも分かっているのだ。
“必要とされなくなる恐ろしさ”を。
私はゆっくり答えた。
「言う者はおります」
嘘はつけなかった。
未来では、様々な意見がある。
天皇制を重んじる人。 不要だと言う人。 もっと変えるべきだと言う人。
それは当然だ。二千年以上も続けば、一つの考えだけになるはずがない。
『はるちゃん』が少し不安そうに目を伏せた。
だが私は続ける。
「けれど」
顔を上げる。
「それでも、残したいと思う者の方が多い」
主上が静かにこちらを見る。
「何故だと思う?」
「……安心、でしょうか」
「安心?」
「はい」
私は言葉を探した。
「未来の国は、この時代とは比べものにならぬほど豊かになります」
食がある。 服がある。 家がある。
多くの人が、飢えずに生きられる。
けれど…
「豊かになっても、人は不安を失いません」
孤独。 災害。 争い。 分断。
時代が進んでも、人の心は簡単ではない。
「そんな時、“変わらず在るもの”は、人を安心させるのです」
静かな沈黙。
「千年前にも居た。今も居る。たぶん千年後も居る」
私は主上を見る。
「それだけで、救われる人がいます」
主上は、しばらく黙っておられた。
「……祈りのようなものか」
「近いかもしれません」
方仁親王が、ふっと笑われる。
「面白いな」
「え?」
「余はずっと、皇家とは“権威”であると思っていた」
静かな声。
「だがそなたの話を聞くと、まるで“記憶”のようだ」
私は息を呑んだ。
その表現は、あまりにも的確だった。
記憶。
この国が、ずっと積み重ねてきた時間。
嬉しかったこと。 苦しかったこと。 栄えた時代。 滅びかけた時代。
全部を抱えながら、それでも続いている存在。
それが未来の天皇制なのかもしれない。
『はるちゃん』が、そっと主上の袖を握る。
「おもう様」
「なんだ、はる」
「未来まで続くのでしょう?」
幼い問い。
主上は、娘の頭を優しく撫でられた。
「……そうらしい」
その声は、どこか安堵していた。
すると、方仁親王が、こちらを見ながら不意に言った。
「稀仁」
「は」
「未来の者たちは、余をどう見る」
来た。
私は固まった。
いや待って。それ本人が聞く!?
しかも後の正親町天皇本人が!? 歴史オタクなら卒倒案件である。
「その……」
どう言えばいい。
戦国の混乱期。織田信長との関係。朝廷維持。禁裏修復。
未来では、かなり重要人物扱いだ。
私は慎重に答えた。
「“苦しい時代に、皇家を繋いだ帝”と」
方仁親王が少し目を細める。
「良く言いすぎではないか?」
「事実です」
私は真っ直ぐ言った。
「未来から見ると、今は本当に危うい時代です」
断絶していても、おかしくなかった。
「それでも続いた」
だから…
「後の世の人は、ちゃんと見ています」
方仁親王は、しばらく黙っていた。
やがて、小さく笑う。
「……それなら」
その顔は、少しだけ青年らしかった。
「もう少し頑張ってみるか」




