方仁親王
ひとしきり笑いが収まった頃だった。
す、と。
障子の向こうに人の気配が現れる。
「主上」
近習の声。
「方仁親王様がお見えにございます」
空気が少し変わった。
『はるちゃん』がぱっと顔を上げる。
「兄上!」
……兄上?
待って。
私は一瞬思考を止めた。
今の年齢。今の時代。そして“方仁親王”。
脳内で歴史知識が高速回転する。
――後の、正親町天皇。
えっ。ちょっと待って。未来の天皇きた?
しかも今から会う?
心の準備がまったくできていない。
「通せ」
主上の声は穏やかだった。
やがて、静かに障子が開く。
入ってきた青年を見た瞬間、私は少し驚いた。
思っていたより、ずっと柔らかい顔をしていたからだ。
聡明そうな目。
だが同時に、どこか人懐こさもある。
公家らしい優美さの中に、まだ若者らしい空気が残っていた。
方仁親王は室内を見回し――
そこで固まった。
「……何故、皆そのような顔をしておるのです?」
主上、まだ笑いを堪えてる。
『はるちゃん』、完全に吹き出す寸前。
女房たちも肩が震えてる。
私? さっき帝に「圧が強い」と言った不敬者です。
空気がカオス。
「いや」
主上が苦しそうに息を整える。
「少々な…… 面白い話を聞いておった」
「面白い話?」
方仁親王の視線が、すっとこちらへ向く。
「……こちらは?」
来た。
私は即座に平伏した。
私はさらに深く頭を下げた。
「四州近衛家の稀仁にございます」
一瞬。親王の目がわずかに変わった。
「四州近衛……」
その名は、もう都で無視できるものではない。
荒れ果てた禁裏へ、銭と米を送り続ける家。
武を持ちながら、公家との繋がりを深めている異質な存在。
そして何より。
父帝が、明らかに目を掛けている。
方仁親王はゆっくり私を見る。
値踏みするように。だが敵意ではなく、“理解しよう”とする視線だった。
「……そなたが稀仁か」
「は」
「噂は聞いておる」
嫌な予感しかしない。
「都で妙な物を流行らせようとしておるとか」
誰だ言ったの。
絶対『はるちゃん』だ。
横を見ると、『はるちゃん』がすごい勢いで視線を逸らした。
犯人お前か。
「“冷やした甘味”だったか?」
親王が興味深そうに言う。
だめだ。また増えた。アイス勢力が拡大してる。主上まで頷いている。
「うむ。余も気になっておる」
「父上、ずるいです」
「何故ずるい」
「私も食べたいので」
「余も食べたい」
なんなんだこの皇族一家。未来の天皇までアイスに食いついてる。
私は頭を抱えたくなった。
だが、方仁親王は、ふっと笑みを収める。
「……冗談はさておき」
空気が少し締まる。
「稀仁」
「は」
「阿州近衛家は、この先どう動く」
真正面からの問いだった。
試されている。
私は少し考え、正直に答えた。
「“残す”ために動きます」
「何を?」
「人を。土地を。技を。そして――」
一度、主上を見る。
「国を」
静寂。
方仁親王は黙って聞いている。
「戦で勝つだけなら、もっと簡単な道があります」
焼き払えばいい。 奪えばいい。 恐怖で縛ればいい。
戦国では、それも正しい。
だが…
「それでは続かない」
私は静かに言った。
「飢えれば乱れます。絶望すれば人は壊れます」
未来で、何度も見た。国が崩れる瞬間を。
「だから阿州では、まず“生きられる”を作ります」
「……生きられる」
「飯がある。働ける。冬を越せる。子が育つ」
そして。
「明日が来ると思える」
方仁親王の目が、わずかに細められた。
その顔を見て、私は気づく。
この人も、理解している。
今の都が、どれほど危うい場所かを。
焼け跡。飢え。争い。途切れかけた権威。
それでも。
皇家は、この国を繋ごうとしている。
「……父上」
方仁親王が静かに言う。
「確かに、この者は面白い」
主上が少し得意げになる。
いやなんで。
「であろう?」
なんで父親みたいな顔してるのこの主上。
まあ、義父だけどね。




