後奈良天皇⑥
私が頭を抱えていると、主上は実に楽しげだった。
「稀仁」
「……はい」
「できるのか、できぬのか」
圧が強い…
『はるちゃん』がくすくす笑う。
「おもう様、よし様が困っております」
「困っておる顔が面白いのでな」
「主上がそんな理由で圧を掛けないでください!」
思わず素で突っ込んでしまった。
だがその瞬間だった。
主上と『はるちゃん』、そして女房たちまで、一瞬しんと静まり――
次の瞬間。
ぶふっ。誰かが吹き出した。
「あっはははは!」
『はるちゃん』が耐えきれず笑い出す。主上まで肩を震わせておられた。
「稀仁……其方……余にそのような口を利くのか……!」
「しまっ――」
やった。 終わった。 不敬で首が飛ぶ。
戦国の御所で、主上に「圧が強い」と言った男として歴史に残る。
だが…
「面白い」
主上は笑われた。
「ここまで遠慮なく申す者は久しく見ぬ」
えぇ……。
女房たちも、呆れ半分、微笑ましさ半分みたいな顔になっている。
『はるちゃん』が楽しそうに言った。
「よし様は、おもう様を“人”として見てくださいますもの」
その言葉に、主上の笑みが少しだけ静かになる。
「……そうだな」
ぽつりと落ちた声。
帝。 禁裏。 玉座。
持ち上げられ、畏れられ、けれど本音では近づかれない。
この人はきっと、ずっと“役目”として扱われ続けてきた。
だからなのだろう。私みたいに、うっかり素で話す相手が、逆に新鮮なのだ。
「稀仁」
「はい」
「其方、都をどう見る」
急に声色が変わった。空気が締まる。
私は少し考え、正直に答えた。
「…… 壊れかけています」
誰も否定しなかった。
「ですが…」
私は続ける。
「まだ死んでいない」
御簾の向こうで、女房の誰かが小さく息を呑む。
「人がいる限り、都は蘇ります」
主上は黙って聞いておられる。
「ただし、武だけでは無理です」
「ほう?」
「食が要る。銭が要る。流通が要る。治安が要る。“明日も生きられる”という安心が要る」
戦が終わっても、腹が減れば人は荒れる。
未来の知識があるからこそ分かる。
国家を壊すのは、敵兵だけじゃない。
飢えと絶望だ。
「阿波は」
私は静かに言った。
「そのための国にしたいのです」
主上の目が細められる。
「戦うためだけではなく、生き延びるための国か」
「はい」
「……それを、十一の童が申すか」
呆れ半分。 感心半分。
私は苦笑した。
「中身がお爺ちゃんなので」
「また申したぞこの子は!」
『はるちゃん』がまた笑い転げる。
主上もとうとう耐えきれなくなり、声を上げて笑われた。
その笑い声を聞きながら、私はふと思った。
ああ。
この時間は、たぶん歴史には残らない。
どの書にも記されない。
けれど。
滅びかけた時代の真ん中で、未来を信じようとした人たちが、確かにここにいた。
それだけは、絶対に忘れたくないと思った。




