後奈良天皇⑤
「……ちなみに申し上げますと」
「うむ」
「“冷たい”だけでは、あいすにはなりませぬ」
主上が真顔になる。『はるちゃん』もごくりと唾を呑んだ。
なんだこの空気。国家機密の話でもしてるの?
「乳を滑らかにし、糖を混ぜ、均一に凍らせねば……」
「均一に……?」
主上が難しい顔をされた。
『はるちゃん』は完全に“授業を受ける子ども”の顔である。
私は思わず言った。
「主上。今、戦の軍議より真剣なお顔をされております」
「当然であろう」
即答だった。
「冷たい甘味など、聞いただけで夢がある」
そんな真顔で言われると反応に困る。
『長慶おじさん』が脳内で爆笑していた。『帝、めちゃくちゃ食いついとる』
うるさい。
主上はさらに身を乗り出された。
「で、どうやって凍らせるのだ」
「氷室を使う方法もありますが、最も現実的なのは硝石です」
「しょうせき?」
「水を急速に冷やせます」
その瞬間。主上と『はるちゃん』の目が同時に丸くなった。
「水が……冷える?」
「はい」
「火も使わずに?」
「理屈の上では」
「理屈の上では!?」
『はるちゃん』がきゃっきゃしている。
だめだ。この空間、帝の私室じゃない。理科の実験教室だ。
主上は腕を組み、真剣に考え込まれた。
「……それは、兵にも使えるのではないか」
あ。やっぱりそこへ行くか。この人、ふわっとして見えて頭の回転が異様に速い。
「傷病者の冷却、食の保存、夏場の水の管理……」
ぽつぽつと可能性を並べていく。
私は思わず感心した。
この時代の支配者たちは、“便利なもの”を見ると即座に国へ繋げて考える。
前世の感覚でいると忘れそうになるが、この人たちは日々、国を背負っているのだ。
だが次の瞬間。
「……で、甘いのか?」
戻ってきた。
しかも目が真剣。
『はるちゃん』もこくこく頷いている。
「甘いです」
「どのくらい」
「…… かなり」
主上が静かに天を仰がれた。
「桃源郷か」
『はるちゃん』が小声で、
「よし様、早く作りましょう」
と囁いた。
待って。皇女が国家事業みたいなテンションでアイス要求してる。
私は深々とため息をついた。
「まず申し上げますが、非常に贅沢品になります」
「構わぬ」
「乳牛の整備が必要です」
「うむ」
「砂糖も大量に使います」
「集めよう」
「氷の保存設備も」
「作らせる」
即断即決だった。
おかしい。
さっきまで“国を未来へ繋ぐ”という歴史級の名言を聞いていたはずなのに。
今は“帝のアイス開発計画”が爆速で進んでいる。
『長慶おじさん』が腹を抱えている。『おぬし、何を歴史に残そうとしておるんじゃ』
知らないよ!
すると主上がふと笑われた。
「しかし、不思議なものよな」
「……何がです?」
「其方は未来を憂いておるのに」
主上は穏やかな目をされた。
「話すことは、皆を少し豊かにするものばかりだ」
その言葉に、私は息を呑んだ。
兵糧。衛生。流通。保存食。医療。
そして、冷たい甘味。
確かに私はずっと、“戦を減らすため”に考えていた。
だがそれは結局。誰かに、少しでも笑ってほしいからだったのかもしれない。
『はるちゃん』が袖を引く。
「よし様」
「はい?」
「未来では、その……あいす、は皆が食べられるのですか?」
その問いに…
私は少しだけ、遠い世界を思い出した。
夏の帰り道。コンビニ。当たり前のように並ぶアイス。
子どもも。大人も。仕事帰りの人も。皆が気軽に食べられた、平和な甘味。
だから私は、自然と笑っていた。
「はい」
『はるちゃん』の目が輝く。主上も静かにこちらを見る。私は頷いた。
「未来では、“普通のもの”です」
その瞬間、主上は、本当に静かに笑われた。
「……良い国だな」
その一言が、何故だか、胸に沁みた。




