『三好の宝』
それから一月も経たない内に孫次郎(元長)は嫡子千熊丸に阿波三好の家督を譲った。
譲った当初、阿波国内の話題はそのこと一色で染まった。
もちろん全てが恙無くということにはならなかった。
巻き返しを図りたい細川六郎晴元は強固に反対をした。
が、健康上の問題があると言い切られてしまえば、それ以上は慰留することができず、千熊丸へと家督は譲られ、それと同時に晴元付から氏之付へと変更された。
孫次郎(元長)は海雲と名を改め、千熊丸の後見人になった。
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千熊丸への家督を譲るまでの間に、阿波三好一門への説明の場を何度か設け、一門合意を取り付けることになった。
最初は反対の声がほとんどだった。それはそうだろう、健康上の問題と理由を挙げてはいるが実際のところ方便なのだ。
が、千熊丸が描き続けている絵巻ものの山を一門に見せた。と同時に千熊丸が話した『胡蝶の夢』の一部をかいつまんで話す。
最初は物の怪でも取り憑いたのではないかと言った者もいたが、絵巻に書かれた生活を向上させる様々なカラクリを見せられてはそんなことは大したことではないという結論に至った。寧ろこの『三好の宝』をいかに守るべきか。普段は纏まりにくい一門の全てが僅か数え三歳の童を守ることで結束した。
その叡智は守るために秘匿されることになった。つまり、表立っては後見人を含めた大人が動く。一見、千熊丸は愚鈍な傀儡のように見せる。細川、足利一門にも『宝』のことは隠し、距離を置く。決して口外しない、公的には文字にも残さない。大まかな決め事がなされた。
そして『宝』を守るために一門からそれぞれ『宝』である千熊丸の護衛を兼ねたお側衆をつけることになった。
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千熊丸が家督を継いで一月が過ぎた。挨拶回りに、移動でぐだぐだになりながらも、当面すぐに取り掛かれそうなものや下準備に取り掛かった。後見人である父の海雲(元長)は千熊丸のそばを決して離れない。
いろんな人に会った。歴史上の人物、のちに堺公方、阿波公方と呼ばれる足利義賢様も因縁の『六郎』様こと細川晴元にも。私的にはこれがあの細川晴元さんかレベルなんだけど、長慶おじさん的には腹が煮え繰り返るくらいの怒り沸々になっていた。
よっぽどなんだなって正直驚いたんだけれど、それを一切面に出さずに三歳児を演じた。
そんな長慶おじさんとその時の私は全く目線が違ってた。
中身おばさんてこともあるのか、息子たちのことも思い出したのもある。だってこの時晴元は少年なんだよね。見た目的には小学生高学年くらい。この時代の食事事情もあってさらに小柄だ。こんな子供を大人の都合で政治の泥沼に足を踏み入れさせられたと考えれば、可哀想っちゃ可哀想かな。そんな感じで見ていた。
常に大人の動向を気にしていたんだろう晴元少年は、三歳児のおばちゃんの私と私の中の長慶おじさんの相反する感情にも敏感に何かを感じていたようだ。
近づきたいけれど近づけない…… 家督を息子に譲ったその父親(元長)に対しても今までとは全く違う変化に戸惑っていたみたいだった。
おそらくそれまでは晴元少年第一として自分のそばにいた存在。それなのに…… 息子に家督を譲ったことで、自分の守るべきは後見人となった息子が大事である。そう公然化することで晴元少年と一線を画した海雲はある意味潔かった。
そんな海雲を恨めしそうに晴元少年は見ていたのに気がついたけれど…… そもそもそう仕向けたのは私だ…… まあ、この選択が晴元少年にとってどういう影響を与え、その結果がどうなるのかは未知数だ。けれど、今の私としてはやらなくてはいけないことがたくさんあり過ぎて、それどころではなかったというのが本音だった。




