千熊丸の『胡蝶の夢』
「父上、千熊丸は先日木の上から落ちて気を失った時に『胡蝶の夢』を二つ見ました」
ひゅっと孫次郎(元長)は息を飲んだ。
「一つは遠い遠い未来の夢です。その世界の日の本は戦争もなくモノが満ち溢れておりました」
「物が満ち溢れ? そなたがこうやって書いているものか?」
「それもありますが、もっともっと進んで便利になっていました」
「戦さのない……」
「もうひとつは…… 私にとってこの人生は三度目です。このままいけば父上は六郎様と共に立ち上がり、お祖父様の仇は討てますが、六郎様に裏切られ、追い詰められ自刃させられます。三好はほんの一時期天下に近いところに行くことはできますが、坂を転がるように三好一族はほぼ滅亡致します。父も弟たちも息子も失って、実の弟も手にかけて、最後は孤独と後悔の中私は死にました」
「千熊……」
「私は、私はあんな一生嫌なのです。私は父上を守りたい。弟たちも、三好一族、皆を、阿波の民草を守りたいのです」
「私は父上を裏切り死に追いやった六郎様を許しません」
「しかしそれは本当なのか」
「はい。六郎様は父上を利用して管領になった途端に自分の意のままに動かぬ父上を疎ましく思い、死に追いやるのです」
「そうはとても思えんが……」
「六郎様というお方はそういうお方なのです。六郎様によってさらに戦乱の余波乱れ、多くの死を招き、あのお方は多くの人に恨まれながら、命を狙われながら死んでいくのです。その最初の犠牲者が父上です」
「…… ではどうしろと?」
「六郎様から距離をとってくだされ」
「それは難しいな」
「それでは、私に家督を譲ってくだされ。もちろん私はまだまだ童、なので父上の後見によって内政重視で色々なことを実行していきたいと思います。父上から家督を引き継いだばかりの童を戦場へと連れていくことなどできましょうか?
私は戦場に明け暮れる人生は先の人生でもう飽きてしまいました。むしろ今生はこの恵まれた『阿波』を都に匹敵するくらい豊かな地にするために、人生を捧げたいと思います」
そういうとその小さな頭をぺこりと下げた。
目の前に姿勢を正し、自分に意見する数え三歳の息子が自分よりも遥かに年上の老練な武将に見えた。
信じがたい。しかし、こうやって山積みにされていく様々の物を描いたものを見る限り『千熊丸』を単なる武将にしておくには勿体無い気がする。
先ほどまで会っていた六郎様より遥かに器が大きい。
千熊丸の作る阿波を見てみたい。
なるほど、後見人であれば、六郎様とは距離が取れる。
千熊丸が成人する迄は阿波で内政に取り組むのも悪くはないだろう。
しかし、このまま嫌っている六郎様につけるのは無理だろう。
氏之(晴元の弟)様につけたほうがいいか。さていかがするか。
六郎様には悪いが『胡蝶の夢』を見た『千熊丸』を守る方が最優先だ。
「胡蝶の夢』か。不思議なことを。こやつの見る夢の先を見てみたいものよ。
孫次郎(元長)は千熊丸の作り出す未来を思い、満足そうに笑みを浮かべた。




