千熊丸の絵巻物
後日、主人である細川六郎晴元に呼び出されていた千熊丸の父、孫次郎(元長)は城に戻ってきた折、千熊丸の傅役から報告を受けた。
様子を見に千熊丸の部屋に向かうと、傅役である篠原孫四郎(長政)の言うとおり何やらぶつぶつ言いながらせっせと書き連ねている。
「何をしている、千熊」
「あ、父上。お帰りなさいませ」
「うむ。それで、何を書き連ねておる」
傅役である孫四郎(長政)の手によって、千熊丸が書き上げたものは絵巻物のように台紙がつけられ丸められている。それを一つ孫次郎(元長)は手に取った。
「これはなんだ?」
四角い箱に丸い穴が空いている。中の仕組みが別の方向から書かれている。箱には何やら取っ手がついている。
木屑に石灰? 木炭?
「あ、それは簡易トイレです」
「トイレ?」
「あ、厠? 用を足す箱です」
「この中に入っているものは?」
「えっと木屑と石灰で、ハンドル、えっとこの取っ手を回して撹拌をして、何回か分を溜めて、回収して、後は肥料とか色々使えます。火薬も作れるんじゃないかな? です」
いわゆるコンポストトイレだ。水も電気も使わない。撹拌部分はちょっと手間がかかるかも知れない。鉄製品って作れるのか? 刀があるからできるのか?
その絵を見てしばらく考え込んだ父親は、また一つ別の巻物を手に取った。
「これはなんだ? 」
「えっと、これは『千歯扱き』って言います。農具ですね。木材で組み立てて、ここの間に稲の穂先を入れて引っ張ってから籾を落とすんです。いわゆる「脱穀」ですね。足踏み式脱穀っていうのもあるんですが、そっちは仕組みが今ひとつわからなくて。」
「これは?」
「これはスコップですね。大きいのはシャベル。この部分は鉄製がいいんですよ。土を掘ったりするから、頑丈な方がいいですし。こっちは鍬で、鎌で、鋤。これはレーキというもので落ち葉や刈り葉、ゴミなどをかき集めたり、デコボコな地面を整地する農具です。色々種類があるんですが……」
そう言いながら、ちょっと詳しく描いたアメリカンレーキの絵を見せる。かつてのうちの旦那はガーデニングも凝りまくっていて、近所の畑とか借りて色々な柵持ちを作っていた。もちろん道具にもうるさかった。
最初、意味がわからなかったけれど、こだわりを聞かされているうちに便利さで納得させられた。
ガーデニング、畑仕事にはアメリカンレーキはぜひとも揃えたい一本だって言われた。安物はダメで、こんなところにもこだわりがってえらいゴツいものをインターネットで個人輸入して買ったのには驚いた。
日本のレーキとの違いを説明されたから結構細部まで絵が描けた。でも、これをこの時代の技術で作れるのかはわからない。
作れたらいいな、作って欲しいなレベルだ。熊手も普通のタイプや鋤簾、網付きのものとか、潮干狩りとかで使う柄の短いものから、柄の長い、立ったままで作業ができるものとか、パッと思い出せるものを書いていった。
そんな農具に関する絵をあれこれ見せていく。父はそれを食い入るように見ていく。
それから、一つ大きな息を吐いて孫次郎(元長)は、息子である千熊丸を自らの前へと座らせた。
「千熊、そなた何者だ」
「千熊にござりまする」
真っ直ぐに自分を見つめ返す瞳にはなんの翳りも見られない。木から落ちて打ちどころが悪かったか…… いや、それにしてはとてもではないが数え三つの童の思いつくようなものではない。
「父上、父上にお話ししなければならないことがございまする。人払いをお願いできませんか?」
「うむ、皆のものしばし下がれ」
自分付きのお側衆と千熊丸の傅役の孫四郎(長政)が出ていく。




