睦言:『御簾入り』②
一万年をはるかに超える前に遡るらしい。
え? どうやってそんなことわかるのか? だよね。
記録に残っている最初の『男(稀人)』が目覚めた時、明らかに自分の知っている『文明』とは違うことに気がついたのだと。
なぜ気がついたのか。『彼』が『考古学者』だったからだ。
自分たちの属していた集団を『彼』は観察したらしい。周囲の環境も、植物の植生も。
そこで『彼』はそこが日本かどうかは分からなかったらしいが『旧石器時代後期』だと結論づけたのだそうだ。
それって、マジすごくない? え? なんでそんなことがわかるんだって?
『男』は『石板』にそれ(記録)を刻んで残した。『令和の文字』で。
『男』は自分の属する集団に様々な『知恵』を授けたらしい。
『土器』を作り、煮炊きやあく抜き。海水からを沸騰させ『塩』をつくった。
住居(竪穴式住居)を作り、集落を作って定住させた。
刃物も『磨製石器』を作り、細かな細工(宝石の加工)も作れるようにしたり、『弓矢』を作って狩猟の仕方を変えた。
衣類も動物の皮。樹皮や草木の繊維から布を作ったり、投網のようなものを作り、漁をした。
木を切り出し、舟を作った。
『男』は寿命がつきそうになった時、自分のことを石板に記録した。
『男』が死ぬとその石板は『神』のように崇められた。
その集団にはそれ以降、何度か『稀人』が目覚めたらしい。
実際のところ、そういった集団はいくつもあったのだそうだ。
彼らは『先人』の『石板』で『事実』を知り、『孤独』ではないと受け入れた。
そして先人たちに見習って自分たちのできることをしたのち、同じように石板に『令和の文字』で自分の記録を残すようにした。
そうやって集団は大きくなり、時には自然の猛威にさらされながらも、様々なものを吸収して小さな国を形成していった。
『稀人の石板』は宝であり、『神』だった。
刻まれた『令和の日本語』は『神の言葉』となった。
大災害に見舞われたところでは、『石板』とともに人々は大海へと避難した。流れ着いたとことで、人々は集落を形成し、『稀人』について、『祖国』について語り継いでいった。
長い年月の末、彼らは再び『祖国』を目指した。彼らが『石板』を示した時、再び『祖国』は彼らを受け入れた。
様々な国から戻ってきた彼らによって徐々に大きな『国』が形成されるようになった。
困難に陥った時、『稀人』が目覚めて、人々を導いた。
そして、『大王』となる『稀人』が目覚めた。
それが天皇家の『祖』になった。
『石板』は天皇家によって集められたのだと『はるちゃん』が語ってくれた。
脳内の『長慶おじさん』は珍紛漢紛だけど、『令和のおばちゃん』的には『さもありなん』だ。
語ってくれた『はるちゃん』は今ひとつ内容が理解しきれていないみたいだけど。
最初に『目覚めた』のが考古学者だった。びっくりだ。でも納得したのは、紙でも竹でもなく『石板』に文字を記録したのはそれしか『後世』に残らないってことを知っていたからだろう。
最初の『彼』が『縄文時代の始まり』の一人かもしれない。
もちろん、彼だけじゃなく、もっといただろうと思う。
都合よく一つの集団だけに『稀人』が『目覚める』ということはないだろう。
時差はあるだろうけれど、別の集団にも同じように現れていたはずだ。
『百匹目の猿』じゃないけど、なんらかの条件が揃った時文明は飛躍的に進歩すると言われている。
日本人のDNAの中にかつて外に出て行った同胞が戻ってきて混血した痕跡が指摘されていたっけ。『縄文人』+『弥生人』+『古墳時代の出戻り日本人』。
『はるちゃん』の話の中にもそれによく似た話が出ていた。
古代日本にはいくつかの『王朝』があったと言われている。
つまりはそこにも『稀人』が目覚めていたということなんだろう。
おそらく『天皇家』が日の本を掌握できたのは、『稀人』の目覚めたタイミングが良かったのではないだろうか。
彼らは日本を掌握した後、すべての『石板』を手に入れた。
「その『石板』は今も皇居にあるの?」
「ここにはないわ。古の大王の墳墓にあると(父が言っていた)」
? 実物があるんだ! しかも『墳墓?』。つまり仁徳天皇陵とか、ああいう類の?
もっと話聞きたい! って目を爛々と輝かせている私を、仕方がない子ね。みたいな感じで、ちょっとお姉さん感を漂わせながら、『はるちゃん』はちょっと困ったように
「ここではこれ以上はお話しできないの」
と、話を打ち切った。
こんなところで話し切らないで! 私(長慶)がそんなことを思っていると『はるちゃん」にもう寝ましょうと布団へと誘われた。
こんな風に全く色気もなく『御簾入り』を終えたのだった。




