父、海雲(三好元長)②
近衛公が視察をするとおっしゃった。『稀人』が作った全てのものを見せよと。
まずは千熊丸が書き起こした『絵巻物』が収められた、『阿波三好』秘蔵の書庫に案内をする。最初は三間四角ほどの広さだった。それが今や二十間四角ほどの広さに棚を組み『実行済み』と書かれたガラス棚には絵巻物と共に最初に完成をした実物が置かれている。そして完成に至るまでの過程が絵と共に詳細に記録として残されていた。
「これは…」
驚愕の声を発したまま近衛公はガラス棚を食い入るように見入っている。
「ここにあるのはほんの一部でござる」
そう、『実行済み』のものですら、こうやって公開できるものと秘匿すべきものが分けられて保管されている。
さらにまだ『未完』のものも絵巻物の状態でこの広さの十倍ほどの書庫に山積みだ。
千熊丸は「まだこの時代では技術的にも難しいものがある」と言って、さらに別室を用意して『秘匿保管』している。
膨大な技術と情報。その中で現在実用可能なものだけを千熊丸が選んで作っているのだ。
「なぜ仕分けるのだ」
と、千熊丸に尋ねたことがあった。
「まず、材料が調達できないものがあります」
「つまり?」
「これは阿波では採掘できないもの。こちらは四国では難しいもの、そしてこちらは日本では採掘できないもの」
「そなたのいう南蛮なら得られるのか?」
「そうですね。一部は可能かな。けれど、南蛮ですらもこの時代では得ることができないものもあるので」
「五百年先の世界はなんでも作れるのか?」
「いえ、流石に不可能なこともたくさんありますよ」
千熊丸はそういうと静かに笑みを浮かべた。海雲はその時のことを思い出した。
ほんの一部ですら、近衛公の表情には畏怖に近いものが見てとれた。
全てを見せるわけにはいかないな。海雲はそう判断をした。
人というものはあまりに想定外のものを受け入れることに忌避感を覚えてしまうことがある。千熊丸を守らなくては。海雲は改めてそう決意した。
阿波全土の視察を終えた近衛公は海運の目をまっすぐ見て言った。
「『稀人』とは恐ろしい。阿波一国を血を流さずに作り変えてしもうた。気づいておるか、入道。ここ(阿波)を除く日の本のほとんどでは血みどろの地獄絵のようじゃ。都でさえも疲弊し尽くしておる。ところが、ここだけは違う。物乞いすらもおらぬ。飢えるものも。皆が満たされ、その瞳には力が宿っておる。ここまで仕組みを変え、人心を変えた『稀人』。その力計り知れず、恐ろしいが、このように民が未来に希望を見出しておるのを見せられると、できれば日の本全てがここのようになって欲しいと望んでしまうのう」
海雲は静かに頷いた。近衛公は言葉を続ける。
「千熊丸を守るには主上の力を揺るぎないものにしなければならぬ。『即位の礼』と『大嘗祭』を行い、名実ともに帝になっていただく。そのためには『阿波三好』、そなた達も主上をしかと支えてくれ。わしも手伝おう」
そう近衛公は力強く言われた。
あれから三年が過ぎた。『稀人』として目覚めて以来九年。ずっと生き急ぐかのように走り続けている息子。
まだその肩は小さく、その顔には幼さも残っている。
しかし、主上とのやり取りはその姿とかけ離れるくらい対等で、いつか感じた老練な武士のように見えた。
とはいえ、近衛邸に戻った後『知恵熱』を出して寝込んでしまった息子を見るとついつい心配をしてしまう海雲だった。




