父、海雲(三好元長)①
なんとか『拝謁』を終えたあと、緊張の糸がふつりと切れたかのように熱を出して二日ほど寝込んでしまった。
目が覚めたら『祝言』の前日だった。
気だるさが少し残ってはいるものの、明日が皇女様の『降嫁』とあって、お迎えする段取りやら、儀式の説明とかで、面目上の『独身最後の日』はなんの感傷に浸るまもなくすぎていった。
海雲はそんな我が子(長慶)を少し心配そうにみていた。
後悔はしていない。息子を守るためだ。
数え三歳で『胡蝶の夢』をみたと、父である自分や阿波三好の未来を守るために六郎(細川晴元)様と袂を分かち、そのために家督を譲れと言い切った幼子。
次々と描かれ、積み上げられていった千熊丸の絵巻物。
それによって阿波は大きく変貌していった。どんどん加速するその大きな波に飲み込まれないように阿波三好一族総出で千熊丸を隠し、守ろうとしたけれど、それには限界があった。
きっかけは六郎(晴元)様が阿波三好を動かすために『千熊丸』を人質にしようとしたことだ。かなり執拗に、あらゆる手段で実行しようとした。遍路に成り済ました忍びも使ってきた。人の出入りを最大限に制限し、強固に守り固めた『芝生城』に入り込むことはできなかったらしく、『千熊丸』が言いつけ通りに城から一歩も出なかったことも幸いした。
おそらく六郎(晴元)様も『千熊丸』の情報を一切出さなかったことで単なる『人質』として欲しただけで済んだこともこちらにとっては有利になった。もし阿波の領地改革の全てが『千熊丸』によるものだと知られていれば、確実に『命』が狙われていただろう。
六郎(晴元)様は最後まで諦めなかった。自分宛に何度も助力を懇願する文を送ってきた。最後には千熊丸への恨みつらみが綴られるようになった。なので、その文を幕府に送りつけた。それから間もなくして六郎様は捕縛され、逆賊として刑場でその命を散らせた。
その時、このままでは『千熊丸』を守ることができない。そう判断をし、主上へ奏上することを決めた。
先に阿波にて自主謹慎をされていた平島公方様と阿州細川公の助命嘆願と幕府や朝廷への『献金』と共に、左大臣近衛稙家公に主上への奏上をお願いした。
「『稀人』の件承知」
すぐに左大臣近衛公から返信が届いた。
何度も近衛公が窓口になり、千熊丸の状況の確認がされた。と同時に三好というより阿波一国が大きく変化していることも重ねて報告をする。
千熊丸が阿波にもたらした経済的効果は大きすぎるくらい大きかった。設備投資や経費を除く、千熊丸のいう純利益が毎年倍増に近い伸び率なのだ。単なる技術革新だけではなく、領民の意識改革にも驚いた。『寺子屋』『三好学校』『職業訓練所』領民なら身分や年齢、性別を問わず、無料で知識や技術が身につけられて、自分の望む職種に就くことができる。
あらゆることが斬新だが、常に十年先、二十年先を見越して人を育成しているのだ。
医療にしても領民なら『健康保険料』というものを払えば、無料で診てもらえる。
『治安隊』というものも作り、領内のあちらこちらに『交番』を設置。領内の犯罪の取り締まりを専門にさせる。
そういった仕組みづくりも『千熊丸』の『胡蝶の夢』によるものだ。
それが実践されているということに主上も近衛公も大層驚いたらしい。
色々検討の結果、近衛公が『勅使』として阿波に来ることになった。
そこで『勅命』として明らかにされたのは千熊丸を『稀人』として『保護』すること。千熊丸の『元服』と『近衛家への猶子』、『皇女様方の降嫁』。四国を『天領』とし、そこを『稀人特別管理区』とすること。
これほどまでに… 千熊丸という存在がこの日の本にとって『宝』であると認識されたのかと正直驚かされた。
当の千熊丸は中央に出て行かなくて良いという『お墨付き』がもらえたと安堵していただけだが…




