『錦の御旗』
主上って確か『後奈良天皇』だよね。よく『令和』の陛下が話題に出されていた。
なんかイメージが… ああ、でも国を思えばこそなのか。
そうこうしていると『降嫁』される『第二皇女』のことをよろしく頼む。と頼まれてしまった。
まあ、覚悟を決めていたので『全力を尽くしてお守りします』と明言した。
それを見て御簾の向こうで深く頷かれるのがわかった。
『第二皇女』様は名を『永寿女王』と言われるとは聞いていた。確か自分より三歳年上で、実は仏門に入られていたのだそうだが、自分との縁談で話が決まった三年前に還俗されたのだそうだ。裳着も終えているので明後日『近衛邸』で祝言をあげることになっている。
その後一緒に阿波へ下向の予定だ。
仮にも『皇女』の降嫁なのだからもっと大々的にすればいいのにって思うは『令和のおばちゃん』的思考ゆえか。
実際は大っぴらにすればするほど皇家の財政が逼迫するし、『大嘗祭』をなんとか終えたばかりなのに客観的にみても無理ごとなのはわかる。
第一、主上(後奈良天皇)の『第二皇女』である永寿女王は、永正16(1519)年12月18日に父である後奈良天皇と後の天皇と同母万里小路栄子との間に第二皇女として生を受けたのち『内親王宣下』を受けずに、大永6(1526)年、大聖寺の門跡になるべく同寺に入室していた。本来は『裳着』(成人)と看做されると同時に得度の予定だったらしい。
それが『稀人出現』で彼女の運命も大きく変わってしまった。
『稀人保護』という方針決定と同時に彼女は還俗させられ、女王(内親王宣下を受けていない)に籍を戻されたのち、後奈良天皇の『即位の礼』と『大嘗祭』を終えた後、『裳着』を行い、『内親王宣下』を受けたのち、『稀人』へ『降嫁』することになった。
『政争の具』、嫌な言葉だ。『令和』の時代ですらも彼女達に結婚の自由などほぼ許されていないのだ。いわんやこの時代であれば尚更だろう。しかも原因は自分(『令和のおばちゃん』)なのだ。
色んな意味で楽しんでもらえるようにしてあげよう。と心に決めた。
あとは『即位』したばかりなのに、譲位したら四国に、娘に会いに行くからよろしくとか。
今、どんなものを研究したり、作ったりしているのかとか。新しい『徳島城』はどういった作りなのかとか。
厳かな『謁見』のはずなのに、内容が個人的興味色が強いものになっていた。
どんどん話が振られてくるから、自分や父、海雲がそれに応えていく。
あっという間に数刻が過ぎ、いつの間にか陽が傾きかけていた。
『誠に得難き日の本の宝よ』そう一言言葉を発せられたあと、少しの沈黙。見極められるかのような視線を向けられる。
「四州よ。其方にこれを与える。心して用いよ」
目の前に桐の箱が置かれた。促されて箱を開ける。鮮明な赤の錦織が目に入る。脳内の長慶さんはこの段階で絶句してる。
桐の箱の中で折りたたまれていたそれを思い切って広げてみた。
日月像(太陽と月)を金糸銀糸で刺しゅうされていた。
「錦の御旗」
父、海雲が思わず声を発した。脳内の長慶おじさんも然り。
『令和のおばちゃん』的には菊の御紋じゃないのか。思わず心の中で突っ込んでしまった。
文字は書かれていない。脳内の長慶おじさん曰く、本来は天皇からの論旨を受けたものが旗を用意するのだとか。でも例外がある。自分のように天皇から直接下賜される場合らしい。
これを下賜される意味は? ふとそんな疑問が追加口に出てしまった。
その場に沈黙が降りる。
「速やかに四州を平定せよ。その旗の元従えばよし。反旗を翻せば『賊軍』として誅せよ」
トーンを少し低く音した声が御簾の向こうから発せられた。
「稀人の手並み拝見しようぞ」
ふふふっと軽やかに最後に爆弾を落とすと、御簾の向こう側から人の気配が消えた。




