『四州近衛家』
しばらくして、取次の方が姿を現された。
まずは稙家様と尚通様に、続いて父上に、丁重なご挨拶があった。
父上は持参していた目録を差し出し、取次の方がそれを受け取られる。
献上品に関するものらしい。
そして、いよいよ私(長慶)の番。
取次の方の視線が、一瞬だけ迷った。
……分かります。
十一歳の小童ですもんね。
でも、近衛家の猶子となり、しかも正二位の叙位まで予定されているという、何とも扱いに困る子供なのだ。
相手の方も大変だと思う。
それでも、すぐに居住まいを正し、定められた礼に従って私にも挨拶をしてくださった。
私(長慶)は教わったとおりに応じる。
うん。今のところ大丈夫。
(長)「……気を抜くでないぞ」
(令)「分かっとるって。まだ何も始まっとらんやん」
ほどなく、御前へ進むよう案内があった。
ここから先は、もう勝手なことはできない。
近衛家のお二人と父上に従い、私(長慶)は教わったとおりに進んだ。
さて、令和なら、天皇陛下のお姿を拝見すること自体は、さほど珍しいことではない。
テレビでも拝見できるし、一般参賀だってある。
けれど、この時代は違う。
主上の御前へ出ることが許されたからといって、勝手に御尊顔を拝することなどできない。
まして、こちらから顔を上げてじろじろ見るなんて、とんでもない話である。
御簾の向こうに主上がおわす。
私(長慶)に分かるのは、その気配だけだった。
教わったとおりに礼を取り、静かに控える。
……何だか、急に緊張してきた。
(令)「あかん。さっきまで平気やったのに、今になって心臓がうるさい」
(長)「じゃから申したであろう」
(令)「おじさんも緊張しとるくせに!」
そんなことを考えていると、御簾の向こうからお声が聞こえた。
えっ? 今の、主上?
てっきり、お言葉はすべて取次の方を通して伝えられるものだと思っていた。
もちろん、直接お声を掛けていただけることが、当たり前というわけではない。
今回が特別なのだろう。
ただ、困ったことが一つある。
何をおっしゃっているのか、すぐには分からない。
いや、本当に。
この時代に来て十一年。
日常会話には随分慣れたし、阿波の言葉もそれなりに分かるようになった。
でも、宮中で用いられる言葉は、また別物なのだ。
言い回しも、敬語も、言葉の選び方も、令和とは随分違う。
時代劇で聞く言葉とも違うんですよ。あれは現代人にも分かるように作られた言葉なんだなあと、つくづく思う。
(令)「……ええと。今、何て?」
(長)「静かにしておれ。今、聞いておる」
長慶おじさん、脳内で必死に翻訳中。
ありがたい。
ちなみに、この人には普段から随分と助けられている。
私(長慶)は令和の文字なら読めるし、書ける。
けれど、当時の崩し字や文書となると、いまだに長慶おじさんの助けが欠かせない。
仮名だって、令和のように一音一字で定まっているわけではない。
母音も五つではないんだよね。
その上、同じ音にいくつもの字形があったりするから、最初は本当に参った。
阿波の寺子屋では、令和式の五十音を基礎にして教えているけれど、それで当時の文書がすらすら読めるようになるわけではないんだよね。
公的な書状を書くときなどは、私(長慶)が考えた内容を長慶おじさんに当時の言い回しへ直してもらい、それを手本に書いたり、必要に応じて右筆に清書してもらったりしている。
おかげで、脳内には令和のおばちゃんと戦国武将の、二人がかりの翻訳所があるようなものだ。
……いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
主上のお言葉である。
近衛稙家様が、御前にて私(長慶)の元服と猶子の件を奏上された。
それを受け、取次を介しながら、此度の叙位についての沙汰が伝えられる。
事前に伺っていた正二位の件は、改めて正式な宣下として進められることになった。
ありがたき幸せ。
……なのですが。
ここで、予想外の話が出てきた。
どうやら私(長慶)は、単に正二位の位階をいただくだけでは済まないらしい。
朝廷の通常の議政官には列さない、非参議としての扱いに加え、新たに定められた天領四州の稀人に関する管理の職を担うことになったという。
その名も、『天領四州稀人特別区管理職』…
……はい?
何ですか、それ。
(令)「ちょっと待って。そんな話、聞いとらんのやけど?」
(長)「わしも初耳じゃ」
(令)「自分で自分を管理せえってこと?」
(長)「……そなた、今は笑うところではないぞ」
(令)「いや、笑うしかないけん!」
もちろん、顔には出していない。
出していない……はず。
正二位という高位だけでも十分に驚いていたのに、今度は聞いたこともない役職まで付いてきた。
どうやら、通常の朝廷の官職とは別に、天領四州の統治に関わる特別な役目として設けられるらしい。
稀人である私(令)と、その保護を目的として定められた特別区。
その記録と管理を、近衛家の新たな分家に委ねるということのようだ。
しかも、この役目は私(長慶)一代で終わらない。
今後、阿州近衛家が代々継承し、稀人に関する記録の管理と保全を担うのだという。
……あれ?
ちょっと待って。
四国じゃなくて、四州?
阿波、讃岐、伊予、土佐。
四つの国を一つのまとまりとして扱うから、四州なのか。
何とも、朝廷らしい呼び方である。
(令)「これ、要するに『絶滅危惧種特別保護区につき、手出し無用』ってことなんかな?」
(長)「……言い方はともかく、稀人を保護するという名分は、諸家に対しても重みを持つ」
(令)「幕府も大名も、公家さんたちも、勝手に手を出したらあかんってことやね」
(長)「そういうことじゃろうな」
なるほど。
稀人を前面に出すことで、四国の天領化に対する干渉を抑えるつもりなのだろう。
それなら、ある程度は理解できる。
できるんだけど。
令和のおばちゃんとしては、微妙な気分である。
私(令)、保護対象なの?
いや、確かに稀人なんだけどさ。
天然記念物になった覚えはないんですよ。
そんな私(長慶)の戸惑いなどお構いなしに、御前での沙汰は続いていった。
そして、ここからが本題だった。
四州の天領化についてである。
前もって直視として阿波に来られた稙家様から、内々に話があったため、すでに阿波では、そのための準備を進めてきた。
けれど、改めて主上の御前で示された内容は、私(長慶)が考えていた以上に踏み込んだものだった。
まず、四州の土地は、すべて天領として朝廷の統治の下に置かれる。
阿波三好家とて例外ではない。
これまでのように、武家が自らの領地として自由に扱うことはできなくなる。
ただし、現在の領主や国人たちから、直ちに土地や所領を取り上げるという話ではなかった。
天領化を受け入れ、定められた統治の仕組みに従う者については、阿州近衛家がその所領を安堵する。
その代わり、領地の運営には稀人方式、つまり阿波で進めてきた制度を導入しなければならない。
税の取り扱い、土地の管理、裁きの仕組み、民の暮らしに関わる諸制度。
これまで各地の領主が、それぞれの都合で行ってきたことに、共通の基準を設けるというわけだ。
そして、天領化を拒む者には、四州からの退去を命じることもあるという。
さらに、勅命に背き、武力をもって抗う者については、朝廷に弓引く者として扱う。
……ええと。
これ、相当強引じゃない?
(令)「ちょっと待って。領地を安堵する代わりに、阿波式を導入せえってこと?」
(長)「そういうことじゃな」
(令)「従わんかったら退去? 武力で抵抗したら朝敵?」
(長)「うむ」
(令)「……いやいやいや!」
もし私(長慶)が、ほかの領地を治める大名や国人だったら、絶対に言うと思う。
ちょっと待て、と。
今まで自分たちで治めてきた土地なのに、ある日突然、天領になりました。今後は朝廷の定める仕組みに従ってください。従わない場合は退去していただきます。
そんなことを言われて、はいそうですかと納得できる人が、どれほどいるだろう。
しかも、その新しい仕組みというのが、阿波三好で進めてきた稀人方式なのだ。
つまり、私(長慶)が考えた制度。
……責任、重すぎません?
(令)「これ、阿波三好だけが得するように見えんかな?」
(長)「そう見る者は、必ずおろう」
(令)「やっぱりなあ」
(長)「されど、所領を安堵するということは、これまでの領主をすべて追い払うわけではない。そこをどう納得させるかじゃ」
(令)「うん。でも、今まで好きにできとったことが、できんようになるんやろ? 反発する人もおるよなあ」
領主にとって都合の悪いことでも、民にとっては必要なことがある。
逆に、阿波ではうまくいった仕組みでも、讃岐や伊予、土佐で、そのまま通用するとは限らない。
土地も違えば、産業も違う。
人の暮らしだって、それぞれだ。
阿波式だから正しい、というだけで押しつけてしまえば、かえって混乱を招きかねない。
そのあたりは、慎重に進めなければならないと思っていた。
ところが、今回の沙汰は、その導入そのものを勅命として定めてしまうものだった。
ああ、もう。
何というか、逃げ道を塞がれた気分である。
ただ、考えてみれば、これも朝廷なりの覚悟なのかもしれない。
これまで、各地の武家がそれぞれの力で土地を治め、争いを繰り返してきた。
その状態を改めようというのなら、単に「皆で仲良くしましょう」では済まない。
どこかで、誰が何を決め、誰が責任を負うのかを明らかにしなければならない。
そして、今回はその役目を、阿州近衛家に負わせようというのだ。
(令)「……これ、主上も相当思い切ったことをなさるなあ」
(長)「うむ。四州を天領とする以上、名ばかりの天領では済まされぬのであろう」
(令)「でも、私一人で四国全部を見るなんて無理やで?」
(長)「そなた一人で治めよとは、仰せではあるまい。父上もおる。家臣たちもおる。それぞれの国には、それぞれの者がおるのじゃ」
そうなんだけどね。
それでも、最後に責任を問われるのは、私(長慶)ということになるのだろう。
十一歳ですよ?
まだ十一歳なんですよ?
令和なら、そろそろ修学旅行の準備でもしている年齢なのに。
何で四国の統治について、こんなに真剣に悩んでいるんでしょうか。
……いや、自分で始めたことなんだけどさ。
ふと、父上の方へ意識が向いた。
父上は静かに控え、取次の方から伝えられる沙汰を聞いておられる。
表情は穏やかだった。
けれど、その目は真剣である。
父上も、この勅命がどれほど大きな意味を持つのか、十分に理解しているのだろう。
近衛稙家様も、尚通様も、余計なことはおっしゃらない。
ここは御前である。
私(長慶)が思いつくままに質問をしたり、異議を唱えたりしてよい場所ではない。
それに、今さら無理ですなんて言えるはずもない。
阿波三好が積み重ねてきたことを、朝廷が認め、その先へ進めようとしてくださっているのだから。
(令)「……おじさん」
(長)「何じゃ」
(令)「私、阿波の皆が安心して暮らせるようになったらええなって、それだけやったんよ」
(長)「知っておる」
(令)「それが、いつの間にか四国全部になってしもうた」
(長)「うむ」
(令)「……できるかなあ」
少しの間、返事がなかった。
やがて、長慶おじさんが静かに言った。
(長)「できるかどうかは、これからじゃ。されど、そなたはこれまでも、一人で成し遂げてきたわけではあるまい」
そうだね。
父上がいて、母上がいて、孫四郎(篠原長政)たちがいて。
阿波で働いてくれている大勢の人たちがいる。
私(長慶)が思いついたことを、実際に形にしてくれたのは、あの人たちだ。
ならば、これからも同じだ。
私(長慶)一人で何でも背負おうとせず、皆と相談して進めていけばいい。
それに、天領になるということは、阿波三好だけでなく、朝廷も四州の行く末に責任を持つということなのだろう。
……そう思うことにしよう。
やがて、取次の方から、私(長慶)に対して沙汰を謹んで承るよう促された。
私(長慶)は教わったとおり、深く礼を取った。
「謹んで承り奉ります」
声が震えなかったのは、我ながら上出来だったと思う。
御簾の向こうから、再び主上のお声が聞こえた。
すべてのお言葉を、その場ですぐ理解できたわけではない。
けれど、阿波三好がこれまで行ってきたことを、主上がご存じであること。
そして、これからの四州に期待を寄せてくださっていることだけは、私(長慶)にも伝わってきた。
ありがたい。
本当に、ありがたいことだと思う。
(令)「……おじさん。これ、阿波に帰ったら、父上と皆に相談することが山ほどあるなあ」
(長)「うむ。まずは勅命の内容を、正しく伝えねばならぬ」
(令)「そうやな。いきなり『今日から全部、阿波式です!』なんて言うたら、絶対揉めるもんな」
(長)「そなたも、よう分かってきたではないか」
(令)「十一年も戦国時代で生きとったら、少しくらいは学ぶわ!」
脳内ではそんなやり取りをしていたけれど、現実の私(長慶)は、ただ静かに頭を垂れていた。
御簾の向こうには、今上様がおわす。
そのお姿を直接拝することは叶わない。
けれど、今日、この場所で示された勅命によって、阿波三好の進む道は、また大きく変わることになった。
阿波一国の内政改善から始まったはずなのにねえ。
いつの間にやら、四州の統治である。
……人生、ほんまに何が起こるか分からんわ。




