『即位の礼』と『大嘗祭』ってめちゃお金かかったんだって
『拝謁』の日。『令和のおばちゃん』は多少緊張しつつもそれほどでもない。『昭和』『平成』『令和』と生き抜いていれば生の『皇族』も目にすることもあったから。ま、同じ人間だよね。感がある。
私のその感覚は長慶おじさん的には『あり得ない』らしい。
めちゃめちゃ緊張してるよ。父、海雲さんは、『千熊丸』のことで『即位の儀』の後何度か話し合いが持たれたらしい。そのせいか、あまり緊張はしてないみたいだ。
『近衛家』からは義父の『稙家』さんとなんと義祖父の『大証』(近衛尚通)さんが一緒に行ってくれるとのこと。ありがたい。
御所は小学校の修学旅行で外からちらっと見ただけだ。
なのでそんなに記憶があるわけではないけれど。
ここが… 御所? 主上がいらっしゃるところ?
しょぼい? ボロい? この九月にできた『阿波徳島城』の方がよっぽど『立派』なんじゃない?
言葉に発することはしなかったけれど、その惨憺たる状態に呆然としていると、脳内の長慶おじさんが、もっと前の時の方がひどかったと言った。
これより酷かったの?
何でも『応仁の乱』以降、度重なる火事で、目前の京都御所は、もと里内裏(内裏が火災で焼失した場合などに設けられた臨時の内裏)の一つであった土御門東洞院殿なのだそうだ。南北朝の騒乱を経て北朝の光厳天皇は土御門東洞院殿を改めて里内裏とし現在に至るのだとか。
そういえば、信長とかのドラマとかでも御所って鄙びた扱いされてたけれど、確か『壊れて朽ち果てた塀の隙間から京童が御所に侵入して屋根に石を投げつけたり、樹木の枝を折るなど悪さをするので、公家らが自衛団を作り当番制で御所を見回り警備にあたっていた』とか、お公家さん(山科言継)の日記? に記録が残ってたとか、聞いたことがある。
ああ、まさしくその話に近いレベルだ。風光明媚なはずのお庭も手入れが行き届いてないから、一層悲壮な感じがする。
去年送った三〇万疋(三千貫)の献金はどこに消えたんだろう。
他の大名からも献金もらったらしいのに。
どこに消えてるんだろう?
そんな素人丸出しの疑問に義祖父は簡単に説明をしてくれた。
『即位の儀(礼)』で一番お金がかかるのが『大嘗祭』。
この儀式のために仮設される『大嘗宮』という祭場、巨大な神社のような宮殿の建設。しかもこれ五日間で建設して、儀式が終われば即取り壊すのだとか。
そういえば『令和』もかなり費用がかかってた記憶がある。
『即位の礼』で十億、『大嘗祭』で十七、八億円とかいってた気がする。
流石にこの時代はそこまではかからなかったと思う。
とはいえ、この仮設の建物。色々規定があるらしい。正殿は黒木造 (皮つき柱) 掘立柱で建て方も切妻造妻入り、屋根(青草ぶき)も天井(むしろを設置)と古式に則った建物をつくらないといけなかったのだとか。
そういうものなのかと逆に驚かされたりしていると
義祖父はこほんと小さく咳をすると
これでも少しは修繕に回せたのだと。阿波三好には感謝していると耳元で囁かれた。
まあ、阿波公方様達の助命嘆願の『献金』以降毎年十五万疋(一千五百貫)は続けてるから、それらを準備金として蓄えていたんだろうなって思うから。
これも続けれる範囲で続けていけば、次世代の準備金にもなるだろうし。
それほど信心深い方ではないけれど、やっぱり国事に関する祭事はちゃんとした方がいいと思うもの。
それができなかったから『戦国』が続いたように思うしね。




