千熊丸『アイスクリーム』を作る!
実は「米」だけじゃなく「小麦」や「大麦」も作っている。「大麦」炒って「麦茶」として一年中大活躍だ。
もちろん「煎茶」、「抹茶」、「玄米茶」や「番茶」も作ってる。
こうやってみると『阿波』って本当になんでも手に入るのだ。
「小麦」が手に入ることで、麺類もパンも作れるようになった。特に乾麺は非常食にもなった。
そもそも徳島って『半田そうめん』や『たらいうどん』も有名だしね。
パンは異世界あるある、「果物」を発酵させて酵母を作って、イースト代わりにして窯で焼いた。
これは令和の時によく自分で『パン』を焼いていたのもあって得意な方だ。
この時代だと『パオン』っていうんだっけ。
父も母も気に入ったようで、果実のジャムつけてみんなでよく食べた。
このメニューも後日婦人会で披露され、阿波国で『流行』した。
「小豆」と「樹蜜」を加えて餡子を作って和菓子や「アンパオン」も作った。
「乳製品」欲しさに乳牛の放牧を始めたり。といってもあくまで自分はアイデア(おねだり)だけで、動くのは父達だ。
『蘇』というのに挑戦した。牛乳を煮詰めて固めちゃうものなんだけど、今一つ物足りなくて、塩を加えるとちょいバターぽくなった。蜂蜜加えると練乳ぽくなった。酢と塩とでチーズもどき。
これもペットボトルに塩入れて撹拌して『バター』を作った経験も活かせた。
牛乳にお酢入れて『チーズ』。これは『フレッシュチーズ』だから日持ちはしないけど。
令和の時は娘と色々やったなあ。
とはいえ、この時代の『牛乳』は生で飲むのは勇気なくて、ホットミルクにしてから蜂蜜入れて飲んだ。
これもみんなに好評だった。
ところで『牛乳』、『甘味』、『卵』も手に入ったら、何を知作りたい?
自分は『アイスクリーム』だ! 本当は夏に食べたい。でも冷凍庫もないこの時代じゃ無理。
仕方がない。冬だ。天然冷凍庫。
三好の冬はめちゃ雪深い。(この期間は流石の交流会もお休みになる)
本当はこの時期に『アイスクリーム』食べたいとは最初思ってなかった。
ところが、陶器が作られるようになったので『火鉢』を作って、『こたつ』も作った。
そう、『こたつ』。これも色々試したんだよね。
史実だと江戸時代のとかだと確か小机の中に『火鉢』入れて上から布団とかかけるんだよね。
でもこれ『火傷』や『火事』起こっちゃう。
令和の『こたつ』みたいなのを職人さんに作ってもらった。組み立て式の。木製だけど。
ただし、中央に穴が空いていて、その穴に陶器の火鉢をそのままセットする。
こたつ布団はスカート式で机の周辺をかぱっと覆って暖を逃がさないようにした。
まあ、それでも寒い時には『陶器製』の湯たんぽをこたつの中に入れて追加で温めたり。
中央の火鉢の上ではお餅焼いたり、やかんで『お湯』沸かして室内の乾燥を防いだりしながら。
結果的にそれが風邪防止になったりと。
親族が来て家族も大人数になるといくつも『こたつ』を組み合わせて、『家族で団欒』とかそんな風にして寒い冬を乗り切っていた。
で、冬も少しは暖かく過ごせるようになったから『アイスクリーム』という発想ができるようになったんだと思う。
木箱に城内に降り積もった雪を入れて固める。
その中にボウル(木製)に入れたアイスクリームのネタを入れて、時々かき混ぜながら、凍らせる。
カチカチになったそれを室内で解凍しつつ匙で器に盛り、みんなで食べた。
素朴な味だ。口の中ですっと溶ける。
海雲さんなんか涙目だ。
ものすごく感動したらしい。
長慶おじさんも初めて食べたらしい。こっちも感動してた。
よかったね。生きてなんぼよ。って思いつつ眺めてた。
それ以降、アイスクリームはバリエーションが増え、『三好の冬の名物』になった。
牧場の規模も年々拡大してる。
そうそう、『チーズ』もどきが作れるようになったから、ピザも焼けれるようになった。『チーズパオン』もね。『カスタードクリーム』も作れるようになったから『クリームパオン』も作れるようになった。
バリエーションがどんどん増えていく。作れるものが増えて『令和のおばちゃん』も楽しいよ




