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[31万PV達成!感謝]長慶さんに転生してしまった!  作者: 天の樹
孫次郎の『徒然日記』⑥ 皇統詔(天文四年)①

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天文の東宮の恋③


――天文四年(1535年)卯月初。


 京・内裏。

 朝の光が障子を透かしていた。

 方仁親王は眠れていなかった。

 昨夜も一昨日も。理由は分かっている。人生で初めてだった。

 戦でもない。政でもない。評議でもない。

 たった一人の少女の返事が怖い。


「東宮様」


 近習が声を掛ける。


「お時間にございます」

「……ああ」


 立ち上がる。鏡を見る。

 鏡の中にいるのは東宮の装束を身につけた方仁親王、未来の帝。

 けれど今日ばかりは違う。


(東宮として行くのではない)

(方仁として行く)


 そう決めていた。

 場所はいつもの御所の庭園だった。

 桜が散り始めている。

 そこに彼女はいた。土佐から来た少女。南朝の姫。

 けれど今は違う。

 主上自身が認めたからだ。彼女は政治ではないと。

 だから、一人の少女として扱われる。それが朝廷の決定だった。


「お待たせしました」


 少女が振り返る。


「東宮様」

「今日は方仁で」


 少女が少し驚く。


「え?」

「東宮ではなく、方仁として来ました」


 少女は少しだけ笑った。


「変な方ですね」

「よく言われます」


 二人とも少し笑う。

 沈黙。

 桜が落ちる。

 方仁親王は深呼吸する。


「好きです」


 少女の目が大きくなる。


「あなたを守りたいと思いました。支えたいと思いました。もし…」


 方仁親王は真っ直ぐ見る。


「もし嫌でなければ、私と共に歩いていただけませんか」


 静かだった。風だけが吹く。

 少女は俯く。


「……怖いんです」


 方仁親王は黙って聞く。


「私は自分が誰か分かりません。確かに南朝の姫と言われ、皇統と言われました。けれど…」


 顔を上げる。


「私は私です」

「はい」

「もし結婚したら、また旗になるかもしれません。利用されるかもしれません」

「そうかもしれません」


 方仁親王は否定しなかった。


「東宮妃になれば、間違いなく政治になります」

「隠すことはできません」

「……」

「ですが」


 方仁親王は続ける。


「それでも守ります。東宮として、未来の帝として。そして、一人の男として」


 少女は黙る。やがて…


「ずるいです」

「え?」

「そんな言い方されたら困ります」


 初めてだった。彼女が困った顔を見せたのは。


「返事はすぐにはできません」

「はい」

「考えてもいいですか」

「もちろんです」


 方仁親王は笑った。


「一年でも十年でも待ちます」

「十年は待たせません」


 思わず二人とも笑う。それだけで十分だった。

 返事はまだない。けれど拒絶でもない。

 それだけで方仁親王には世界が明るく見えた。


 その日の夕方、主上の御座所。


「で?」


 主上が尋ねる。


「返事は?」


 方仁親王は少し照れた顔をする。


「保留です」

「ほう」

「考える時間が欲しいと」


 主上は頷く。


「良い返事だ」

「そうでしょうか」

「良い」


 主上は息子を見て笑う。


「自分で決めると言ったのだ」

「それが何より大事だ」


 方仁親王は少し安心する。


「父上」

「何だ」

「もし断られたら?」

「泣け」

「……」

「男は一度くらい失恋した方がよい」

「父上」

「その方が人に優しくなれる」


 方仁親王は苦笑した。


「覚えておきます」



 その夜の伏見宮御所。

 位子王女は難しい顔をしていた。

 わずか六歳。しかし伏見宮の姫である。

 話には聞いていた。東宮妃になるはずの自分。そして東宮と南朝の姫のこと。

 耳にしつつ、気が付かないように振る舞っていた。


「お父様」

「何だい」

「東宮様はあの方が好きなのですか」


 伏見宮貞敦親王は少し困る。


「そうみたいだね」

「そうですか」


 位子王女は少し考える。


「では私は嫌われていたのでしょうか?」

「違う」


 貞敦親王は即答だった。


「位子は悪くない」

「ならよかった」


 六歳の少女は小さく笑う。


「でも」

「うん?」

「東宮様に好きな人がいるなら… 仕方ありません」


 貞敦親王は驚く。


「怒らないかい?」

「怒ります」

「怒るのか」

「でも」


 位子王女は空を見る。


「好きは命令できません」


 その言葉に貞敦親王は黙った。(この子も皇族だな)そう思った。

 小さい。まだ六歳だ。それでもちゃんと理解している。

 立場ではなく心の問題なのだと。


 その頃の徳島城。


「予算が足りない」

「足りません」

「船が足りない」

「足りません」

「先生も足りない」

「足りません」

「なんで?」

「国を増やしたからです」


 容赦のない篠原小一郎(長房)に、私(長慶)は机に突っ伏した。


「方仁親王様はいいなあ。恋愛してて。こっちは税制改革してる。何故だ。」


 やや呆れ顔で『はるちゃん』が、


「よし様」

「何?」

「たぶん兄上様は兄上様で大変です」

「そうかな」

「そうです」


 私(長慶)は首を傾げる。


「恋ってそんなに大変?」

「国を作るより難しいかもしれません」

「そんな馬鹿な」


 後の歴史家は語る。

 この時代、日本で最も政治に忙しかった十三歳は、恋愛だけは致命的に理解していなかった、と。


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