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[31万PV達成!感謝]長慶さんに転生してしまった!  作者: 天の樹
孫次郎の『徒然日記』⑥ 皇統詔(天文四年)①

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天文の東宮の恋②

――天文四年(1535年) 三月末。

 京・東宮御所。


 夜。灯火は一つだけ。書は開かれている。けれど、読み進まない。

 東宮・方仁親王は、珍しく筆を置いていた。

 理由は分かっている。自分自身が、一番分かっていた。


 最初に会った時のことを思い出す。

 土佐から保護された少女。

 南朝皇統。百年以上前に歴史から消えたはずの血。

 しかし、彼が覚えているのは、そんなことではなかった。

 彼女は怯えていた。当然だった。山で育った。守られて育った。

 それが突然、天下の話になった。

 皇統。朝廷。南朝と北朝。戦。旗。挙兵。

 十四歳の少女が背負うには、重すぎる。

 あまりにも重すぎる。

 それなのに。彼女は最初に言ったそうだ。


「私は戦のために来たのではありません。」


 そのことを聞いた瞬間だった。方仁親王は、彼女から目を離せなくなった。


 東宮として育つということは、自分の願いを後回しにすることだった。

 好きなものより必要なもの。やりたいことよりやるべきこと。

 個人より国家。感情より役目。

 幼い頃から教えられた。それを否定はしない。むしろ正しい。

 帝とは本来そういうものだ。

 だからこそ、伝え聞いた少女の言葉は衝撃だった。


「私は嫌です」


 たったそれだけ。たったそれだけなのに、彼女は世界を止めた。

 長曾我部の旗を止め、戦を止めた。

 四国を動かし、朝廷を動かした。

 そして、自分の人生を、自分の言葉で守った。

 方仁親王は思う。

 あれは勇気だった。武勇ではない。

 もっと難しいものだ。



 数日後。主上に呼ばれる。

 部屋には二人だけ。

 父と子。帝と東宮。


「方仁」

「はい」

「そなたは優しいな」


 方仁親王は少し困った顔をする。


「そうでしょうか」

「優しい」

 主上は方仁親王に断言した。


「そして優しい者ほど、自分を後回しにする」


 静かな言葉だった。


「朕もそうだった」


 方仁親王が顔を上げる。

 主上は珍しく昔を語る。


「帝になる前、守りたいものがあった。けれど、守るために手放したものも多い」


 部屋は静かだった。


「後悔しておりますか」


 主上は少し考える。


「しておる」


 方仁親王は驚いた。主上は笑う。


「帝も人だ。後悔くらいする。だが、後悔したまま進むしかない時もある」


 方仁親王は黙っていた。主上は続ける。


「位子王女は変わらぬ」


 伏見宮位子王女。未来の中宮。未来の皇后。

 これは皇統詔の根幹だった。

 変えられない。変えてはいけない。

 方仁親王も理解していた。


「分かっております」

「ならば、何に迷う」


 主上は息子を見る。

 長い沈黙。やがて、方仁親王は小さく答える。


「私は帝になります」

「うむ」

「ならば誰か一人だけを選んではいけない」


 主上は何も言わない、口を挟まない。むしろ、方仁親王の心のうちを吐き出させる。


「位子王女もあの姫も、守らねばならない」

「民も朝廷も全部です」


 主上は静かに頷いた。

 それが帝になる者の悩みだった。


 数日後、御所の一角の庭に、方仁親王と南朝の姫がいた。

 春の風に桜が散る。

 少女が先に口を開く。


「皇太子様」

「はい」

「私を怖くありませんか」


 方仁親王は驚く。


「どうしてです」

「私は南朝です」

「……」

「百年以上、人を争わせた名前です」

「私がいるだけで、また争いになるかもしれません」


 方仁親王は首を振る。


「違います」


 少女が顔を上げる。


「争うのは人です」

「血ではありません」

「名前でもありません」

「選ぶのは人です」


 少女は黙る。方仁親王は言葉を続ける。


「あなたは戦を拒否した。ならば、あなたは争いそのものではない。むしろ逆です」


 春の風が吹く。

 桜がひらりと舞い落ちる。

 少女は初めて笑った。本当に少しだけ。


 その笑顔を見た瞬間、方仁親王は理解した。

 ああ、これはもう駄目だ。戻れない。

 これは憐憫ではない。責任感でもない。同情でもない。

 恋だ。完全に。言い逃れできないほど。

 他の誰でもない、この少女を狂おしいほど求めてしまう自分の心を自覚してしまった。


 その夜、方仁親王は一人で笑った。


「困ったな」


 本当に困った。相手は南朝皇統。自分は北朝の東宮。これは禁断の果実に等しい。

 そんなことはわかっていた。それでも、叶うことなら…


 春の夜風が吹く。

 京では、未来の帝が、一人の恋をする若者が、一人の少女を見ていた。

 それはたぶん、百年以上続いた南北朝の最後に必要だったものだったのかもしれない。

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