天文の皇族の子供たち⑤
――天文四年(1535年) 卯月
京・内裏
御所の庭には桜が残っている。
しかし、主上(後奈良帝)の執務机の上は春どころではなかった。
目の前には山。書類の山。
皇統詔による還俗。皇子家創設。伏見宮再編。婚姻調整。寺領整理。朝廷人事。
そして――
皇子と皇女たちの将来設計。
主上は静かにため息をついた。
「増えたな」
近習が困った顔をする。
「はい。本当に増えました」
昔なら簡単だった。
余った皇子は寺へ。皇女は院へ。
それで終わりだった。
だが、それも今では違う。
皇統詔は皇子たちに言った。
生きよ。そして家を作れ。朝廷を支えよ。
だから主上は考えなければならない。
子供たちの未来を。
庭から声がする。
「兄上ーー!」
「待て!」
「ずるい!」
「今のは私が先でした!」
「違うもん!」
主上は窓の外を見る。
四宮、六歳。
元気、とにかく元気。走り、転ぶ。そしてまた走る。
その後ろを五宮が追いかけている。
同じく六歳。やや真面目。兄宮を追いかけるのが好きなようだ。
でも勝てない、いつも負ける。その時は悔しくて泣く。けれど五分後には忘れる。
さらに後ろ、六宮。この子も同じく六歳。
こちらは走らない。歩くというか観察している。
兄宮たちが転ぶのを見ている。
怒られるのを見ている。そして学習する。
「末恐ろしいな」
そんな六宮を見て主上が言う。
近習が頷く。
「六宮様は賢うございます」
「賢すぎる」
四の宮、五の宮、六の宮の母はそれぞれ違い、生まれ月も違う。
その影響もあるのか、三人三様だ。
その時、今度は別の声。
「父上!」
第五皇女だった。五歳。
女子にしては非常に活発。そして、非常に強い。
兄である四宮より強い。腕力ではない、口が。
「四宮が花を折りました!」
「折ってない!」
「折りました!」
「落ちてた!」
「折りました!」
「落ちてた!」
主上は静かに目を閉じる。
近習も目を逸らす。
子供達にとってこれは裁判案件だった。
その隣にいる、もう一人の皇女。第六皇女、まだ四歳。
こちらは静か。非常に静かな子だった。
本を読む。字を書く。虫を見る。花を見る。
そして姉を見る。少し離れて見る。
「大変ですね」
昔から仕えてくれている近習が言う。
主上は頷く。
「大変だ」
「しかし賑やかでございます」
「・・・そうだな」
主上(後奈良帝)は思う。
昔なら、この歳のこの子たちの何人かは寺へ入っていた。院へ入っていた。
幼いうちに別れていた。父ではなく帝として。
それが当然だった。
ところが今では違う。
四宮は笑っている。
五宮は転んでいる。
六宮は観察している。
皇女たちは喧嘩している。
うるさい。実にうるさい。
けれど、生きている。ここにいる。家族として。
主上は小さく笑った。
「皇統詔とは贅沢な制度だな」
近習が首を傾げる。
「贅沢でございますか?」
「ああ」
庭を見る。
「子供を子供として育てられる。それは贅沢だ」
その頃、徳島。
私(長慶)は今日から送られてきた報告書?を読んでいた。
『四宮、庭木より落下。軽傷』
『五宮、兄を助けようとして落下。軽傷』
『六宮、落下地点を予測して待機。無傷』
私(長慶)は書類を見る。
二度見る。三度見る。
「父上」
「何だ」
「これ報告必要?」
海雲が書類を見る。そして笑う。
「必要なのだろう」
さらに報告は続く。
『第一皇女、四宮を告発』
『第二皇女、中立を宣言』
私(長慶)は天井を見る。
「平和だなあ」
海雲は少し笑う。
「平和なのだ」
「?」
「戦の報告ではない」
「・・・」
確かにそうだった。
昔なら、何宮が寺へ入った。
誰が病死した。誰が出家した。
そんな報告だったはずだ。
海雲は窓を見る。
「お前が作ろうとしている国は、たぶんこういう国だ」
その言葉に私(長慶)は黙る。
戦で誰が死んだかではなく。
誰が木から落ちたかを報告する国。
悪くない。
むしろ、かなりいい。
数日後の京。
主上(後奈良帝)は四宮を膝に乗せていた。
五宮は隣。
六宮はなぜか書類を見ている。
皇女たちは相変わらず喧嘩している。
主上はふと思う。
十年前、こんな日が来るとは思わなかった。
戦乱、財政難、皇統断絶の恐れや幕府や朝廷の衰退。
そんなものばかり見ていた。
それなのに、今は自分の周りで子供たちが騒いでいる。
うるさいくらいに。
主上は静かに笑った。
「未来は騒がしいな」
六宮が顔を上げる。
「未来とは何ですか?」
主上は少し考え、そして答える。
「お前たちのことだ」
六宮は難しい顔をする。
よく分かっていない。
六歳だから、当然である。
しかし主上(後奈良帝)は知っていた。
未来とは制度ではない。詔でもない。当然、政治でもない。
庭を走り回る。あの小さな背中たち。
あれこそが、守ろうとしたものだった。




