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[31万PV達成!感謝]長慶さんに転生してしまった!  作者: 天の樹
孫次郎の『徒然日記』⑥ 皇統詔(天文四年)①

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天文の皇族の子供たち④


――天文四年(1535年) 弥生


 京・内裏


 梅は終わり、桃が咲き始めている。

 主上(後奈良帝)は珍しく書を読む手を止めた。

 視線の先、庭、そこに一人の少年がいた。

 まだ十四歳の少年は主上(後奈良帝)の第二皇子。


 本来ならば――

 おそらく、もう、この世にはいないはずだった息子。


 享禄三年、1530年。

 第二皇子は当時九歳だった。

 熱病、高熱、咳。呼吸をすることも困難になり、衰弱していった。

 宮中の誰もが悟っていた。

 長くない。

 皇子自身も、その母も、それに仕える女房たちも。

 皆が覚悟していた。



 その頃、京へ一通の文が届く。

 差出人は近衛家。

 正確には、近衛稙家を経由した四国からの助言だった。

 送り主は、まだ八歳の千熊丸、後の稀仁。



 主上(後奈良帝)は今でも鮮明に覚えている。

 文を読んだ時のことを。


『熱が高くても水を止めないこと』

『汗をかくなら着替えさせること』

『口にできるなら粥より汁』

『無理に食べさせない』

『呼吸が苦しそうなら身体を起こす。』

『部屋を閉め切らない』

『風を通す』



 箇条書きにされたそれは、当時の常識とは真逆だった。

 病人は温める。汗をかかせる。水を制限する。

 それが常識だった。

 だから公家たちは反発した。


「正気か」

「子供の戯言です」

「病人に風を当てるなど」


 しかし、主上(後奈良帝)はその文を置かなかった。

 なぜか? 分からない。

 ただ、あの子の文は時々妙に重かった。


「やってみよ」


 主上は言った。


「責は朕が負う」


 その結果、皇子は生きた。

 熱は下がった。呼吸も落ち着き、少しずつ、本当に少しずつ、こちら側へと戻ってきた。


 あの日、主上(後奈良帝)は初めて思った。


(未来を知る者とは、こういうことか)


 戦を知ることではない。

 誰が勝つか知ることでもない。

 誰を救えるか、それを知っている。


 主上は再び目の前の光景に目をやる。

 庭で十四歳になった皇子が木刀を振っている。

 元気だった。よく食べる、よく笑う、よく怒られる。

 普通の少年だった。


 主上(後奈良帝)は静かに笑う。


「生きておるな」


 側近が不思議そうな顔をする。


「は」

「本当に」


 主上は誰にも言わない。


 この子がおそらく、本来死ぬはずだったことを。

 言う必要がない。今は生きている。それで十分だった。


 数日後の徳島城


 私(長慶)は書類を見ていた。

 そこへ、京からの文。

 差出人は主上(後奈良帝)。

 珍しい私文。何だろうかと開く。


『第二皇子、健やかに成長している』


 それだけだった。本当にそれだけ。

 私(長慶)は首を傾げる。


「父上」

「何だ」

「これだけ?」


 海雲は文を見る。

 そして、少し笑った。


「十分なのだろう」


 私(長慶)は分からない。

 本当に分からない。

 ただ、何となく、悪い文ではない気がした。


 その時、脳内の長慶おじさんが言う。

『覚えておるか? 肺炎じゃ。昔はよう死んだ。』


 あ、思い出した。昔、近衛稙家さんから、緊急の問い合わせがあったことを。

 ちょうど、阿波でも『風邪』が流行っていた。どちらかというと『インフルエンザ』に似た症状だった。


 令和だったら抗生物質。点滴。呼吸困難になれば酸素。

 それらは当たり前だった。子供三人もてば下手したら家族全員やられてた。


 ところが戦国にはそんなものは無い。


 だから、たまたま知っていた。

 水分(塩と砂糖を入れてポカリに近いもの)。

 換気(まめに空気の入れ替え)。

 体位に気をつける。

 高熱の時には氷室があれば氷を砕き、冷たい水で冷やした布にを両脇や股の部分を冷やすとか。


 それだけ。本当にそれだけ。この時代ではそれくらいしかできないのだ。


 私(長慶)は窓を見る。

 徳島港。船。春の海。


「(あの時の子)助かったんだ。」


 思わず口に出た。


 海雲は頷く。


「助けたのだ」

「違うよ」

「私(長慶)は知ってただけ」


 しかし、海雲は珍しく否定した。


「知っていることは力だ」

「・・・」

「知らぬ者には救えぬ」


 私(長慶)は黙る。

 海雲の言葉は少しだけ重かった。


 令和では当たり前だった。

 ポカリを飲む。

 風を通す。身体を起こす。

 たったそれだけ。


 でも、その当たり前が一人の人生を変えた。

 一人の皇子を生かした。

 一人の父親を救った。


 海雲が言う。


「だから学校を作るのだろう?」


 私(長慶)は頷く。


 知識は、刀より多くの命を救う。


 それを、『令和のおばちゃん』である私(長慶)は未来で知っていた。

 だから、今度は残すのだ。

 人が死なないように、知識を共有し、次の誰かが知っているように。


 数日後、京。

 主上(後奈良帝)は再び庭を見る。

 第二皇子がいる。

 笑っている。走っている。転んでいる。怒られている。また走る。


 主上は小さく笑う。


「騒がしいな」


 女房が答える。


「元気な証にございます」


 主上は頷き、そして心の中だけで言う。


(ありがとう)


 誰に向けた言葉か、主上自身も分からなかった。

 四国の少年か。未来か。運命か。あるいは、その全てか。


 春の風が吹いていた。

 戦乱の中、今年の京は、少しだけ暖かかった。

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