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[31万PV達成!感謝]長慶さんに転生してしまった!  作者: 天の樹
孫次郎の『徒然日記』⑥ 皇統詔(天文四年)①

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天文の皇族の子供たち③

――天文四年(1535年) 如月下旬

 京・延暦寺


 雪が残っていた。比叡の山はまだ寒い。

 一人の壮年の僧が、黙って文を読んでいた。

 かつての名を清彦親王。今の名を尊鎮入道親王。

 三十五歳。

 もう人生の半分以上を仏門で過ごしている。

 渡された文は短かった。


『還俗を命ず』

『皇子家創設を命ず』


 それだけだった。実に兄らしい。清彦は少し笑う。


「兄上らしい」


 側にいた弟子が戸惑う。


「宮様?」

「いや」


 文を畳む。


「昔からあの方は、人の人生を勝手に決める」

 

 少し考える。


「だが、不思議と間違えぬ」


 三十五歳。

 今さら俗世へ戻る。普通なら笑い話だ。

 だが清彦は怒らなかった。

 むしろ、少しだけ安心していた。

 寺へ入った日、あの日からずっと思っていた。

 自分は必要なくなったのだと。寺へと捨てられたのだと。


 皇子が多すぎる。だから寺へ入る。当たり前のことだった。

 それがこの時代の皇族男子の生き方だった。

 だが違った。兄である主上は言った。



「必要だから戻れ」


 それは妙に嬉しかった。


「山を降りますか」


 弟子が聞く。

 清彦は窓の外を見る。

 比叡山。二十五年、長かった。本当に長かった。


「そうだな」


 静かに立ち上がる。


「今度は俗世を学ぼう」


 そして笑う。


「坊主は十分やった」



 同日、曼殊院


 覚恕親王は無言だった。

 二十歳。

 人生のほとんどを寺で過ごしている。

 幼い頃の記憶すら曖昧だった。覚えているのはいつか会いにきてくれると約束してくれた、父の顔。それだけだった。


「還俗」


 使者が言う。


「陛下の御意にございます」


 覚恕は黙る。長い沈黙が続いた。使者も急かさない。


「父上は」

「はい」

「私を覚えておられますか」


 使者は少し驚く。

 そして答える。


「覚えておられます」

「・・・そうですか」


 覚恕は窓を見る。

 雪の降り積もる庭。静かな寺。

 ここが自分の世界だった。それが終わる、否、終わるのではない、広がる。

 未知の世界、素直に怖かった。


「何をすれば良いのでしょう」


 思わず漏れた。使者は少し考え、そして笑う。


「皇子として生きることかと」


 覚恕は困った顔をする。


「難しいですね」

「皆そう申します」


 数日後、覚恕は京へ戻る。十五年ぶりの内裏だった。

 主上がいた。しかし同時に、幼き頃に生き別れた父だった。


「大きくなったな」


 最初の言葉だった。

 覚恕は何を言えば良いか分からない。

 

「父上も」


 と言った。

 主上(後奈良帝)は笑った。珍しく、本当に珍しく、声を出して笑った。


「似ておるな」

「誰にでしょう」

「朕にだ」


 覚恕は少し困る。確かに困る。


「恨んでおるか」


 突然だった。その言葉に覚恕は驚く。

 主上は続ける。


「寺へ送ったことを」


 静かだった。帝としてではなく父の顔だった。


 覚恕は少し考える。長く考える。


「分かりません」


 正直に答えた。


「ですが…」


 顔を上げる。


「呼び戻してくださったのでしょう」


 主上は頷く。


「ならば十分です」


 主上(後奈良帝)はしばらく黙っていた。

 やがて小さく言う。


「すまなかった」


 覚恕は聞こえないふりをした。

 主上にも… 父にもそういう時間が必要だと思った。



 一方、東宮御所

 方仁親王は書類を見ていた。

 十八歳。


 そして近いうちに妻を迎える。伏見宮第一王女。わずか六歳。

 当然ながら会話にならない。方仁親王は頭を抱える。


「教育係ですな」


 側近が言う。


「そうだな」

「十年以上です」

「長いな」

「長いです」


 方仁親王はため息をつく。

 政治は分かる。公家も分かる。和歌も漢籍も分かる。

 だが六歳の少女は分からない。


「父上は簡単そうだったのに」


 側近が苦笑する。


「主上は特別でございます」

「そうかもしれない」


 そこへ文が届く。阿波からだった。差出人は稀仁。


『方仁親王様へ

 子供は甘い物で懐きます。あと話を聞いてあげると喜びます。難しい話はたぶん嫌がります。学校の子供たちはそうです』


 方仁親王は黙り、さらに続きを読む。


『あと、怒ると怖いです。女の子は大体そうです』


 方仁親王は吹き出した。


「何だこれは」


 側近も笑う。

 最後に一言。


『たぶん大丈夫です』


 方仁親王は少しだけ安心した。

 十三歳の少年に励まされている。妙な話だった。



 さらにその頃、曼殊院

 一人の幼子が寺の一角で座っていた。邦茂王。五歳。

 意味が分かっていなかった。


「お父様のお家を守るのですよ」


 乳母が言う。


「守る?」

「はい」

「お城?」

「お寺です」

「お寺かあ」


 坊主になる。そう言われてもまだ理解できない。

 だが、父が来た。まだ二十二歳の邦輔親王だった。


「寂しいか」


 邦茂は考える。


「少し」

「そうか」


 邦輔親王は息子の頭を撫でる。


「だが覚えておきなさい」

「うん」

「お前は捨てられたのではない」


 邦茂は父を見る。


「伏見宮を守るために行くのだ」


 五歳には難しい。

 けれど、父の顔だけは覚えた。脳裏に刻みつけた。


「帰ってきてもいい?」


 邦輔親王は笑う。

 幼い我が子の笑顔が胸の奥をチクリと刺す。

 そんなことは叶うはずがないこともわかっている。

 二度と会う事が叶わぬことも知っている。

 寺に出すということは俗世を捨てる。捨てさせるということなのだ。


「もちろんだ」

「約束?」

「約束だ」


 幼い邦茂は安心した。ほんの僅かな希望、それが叶わぬものであったとしても子供にはそれで十分だった。


 その夜、徳島城

 私(長慶)は報告書を読んでいた。

 還俗。皇子家創設。東宮教育。伏見宮再編。寺院整理。山のような書類。


「制度とは国を変えるとは、人の人生を変えることなんだな」


 私(長慶)は誰に話しかけるでもなく、そう呟き、窓を見る。

 阿波からは京の空は見えない。

 しかし、その空は確かに繋がっている。

 比叡山も内裏も伏見も四国も。


 誰かの人生の上に、国は立っている。

 それを忘れるな。

 まるでそう言われているようだった。



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