土佐の天領化⑨
――1534年、霜月中旬
土佐国。姫の保護は終わった。
四州天領警固軍の第一目的も達成された。
だが、戦そのものは終わっていない。
岡豊城には、長曾我部国親がいる。
そして、彼はまだ降伏していなかった。
姫を送り届けた後、私(長慶)は徳島へ戻されていた。
海雲の命令。
帝の密命。
そして『はるちゃん(永寿)』の監視。
三重の包囲網だった。
「土佐へ行きたい」
「駄目です」
『はるちゃん(永寿)』は可哀想な子を見るような目で私(長慶)を見る。
「状況確認くらい」
「報告書を読みましょう」
小一郎(篠原長房)。
「現地視察」
「却下です」
海雲からの書状を手に私(長慶)は机へ突っ伏した。
「ひどい」
「当然です」
全員の意見が一致していた。
(脳内の『長慶おじさん』ですら、すごく客観的に『たかが十二歳の小童に何ができる。捻り潰されるがオチだ』の一撃の一言。そ、それはそうなんだけど、そこまで言い切られると諦めるしかなかった)
一方、土佐では、奇妙な戦が始まっていた。
海雲は岡豊城へ攻め寄せない。
包囲もしない。
焼き討ちもしない。
略奪もしない。
普通の戦国武将なら、まずやることを、何一つやらなかった。
岡豊城。
長曾我部国親は家臣から報告を聞く。
「三好勢は?」
「はい」
「どこにいる」
「村です」
「村?」
「はい」
「橋を直しております」
沈黙。長曾我部国近は確認する。
「何?」
「橋です」
「橋?」
「橋です」
家臣も困惑していた。
海雲は村を回る。兵も連れている。
しかし、全く戦をしていない。
道路補修。河川整備。倉建設。医療巡回。
そればかりだった。
本山氏の領地。津野氏の領地。安芸氏の領地。
各地で阿波式が広がる。
しかも天領警固軍が護衛している。
盗賊も出ない。流通も増える。
結果、土佐国人たちの支持は、さらに阿波側へ傾く。
岡豊城。評定。
「ふざけるな」
珍しく長曾我部国親が声を荒げた。
「戦え」
「は?」
家臣たちが固まる。
「戦えと言っておる」
「橋を作るな」
「学校を作るな」
「倉を作るな」
長曾我部国親自身も分かっていた。
自分が言っていることの異常さを。
それに対して、三好勢がいる場所ほど民が喜んでいる。
戦わない軍隊。むしろ、来てほしい軍隊。
そんなものが存在していた。
長曾我部国親にとって、それは未知の敵だった。
ある夜、陣所。
海雲は酒を飲んでいた。
隣には森九郎左衛門。
海部家当主。
篠原長政。
皆、古参だった。
「攻めませぬな」
森九郎左衛門が言う。
「うむ」
「勝てますぞ」
「分かっておる」
海雲は頷く。
「じゃが」
酒を置く。
「千熊丸ならどうする」
静かになる。
誰もが理解していた。
この戦、実は主役(長慶)がいない。
それなのに、主役(長慶)の思想で動いている。
「民を殺すな」
「焼くな」
「奪うな」
「残せ」
それが『四州近衛(長慶)』だった。
そして、海雲はそれを守っていた。
やがて、霜月末、土佐に変化が起きる。
岡豊城下。
市場、商人たちが少しずつ離れ始める。
理由は単純。阿波側の市場の方が安全だから。
船も来る。税も明確。裁判もある。記録も残る。
商人は正直だった。儲かる方へ行く。
夜。岡豊城。
長曾我部国親は一人で地図を見ていた。
敵は目の前にいるが、攻めてこない。
時間の経過とともに、民は離れていく。
商人も離れる。若者も徳島へ行く。
長曾我部国親は気付く。
これは、普通の戦ではない。
城を落とす戦ではない。国を奪う戦ですらない。
もっと厄介なものだ。そう、価値観そのものが変わる戦ということに。
そして、彼(長曾我部国親)はまだ知らない。
京では、帝(後奈良帝)が、長曾我部問題について、一つの決断を下そうとしていることを。




