土佐の天領化⑦
――1534年、霜月上旬
阿波国・徳島城。
土佐。岡豊城。長曾我部国親。
そして、南朝の姫を名乗る少女。
その存在が、四国全体を揺らしていた。
徳島城大広間。
大評定が開かれていた。
阿波。讃岐。伊予。土佐。
各国代表が集まる。
ただし、長曾我部は不在。
既に朝敵。
交渉相手ではなくなっていた。
評定の上座には朝廷使節。
その下に四州近衛(長慶)、海雲が座した。
さらに、各国の代表たち。
朝廷使節が言う。
「勅命です」
場が静まる。
「まず姫君の保護」
「長曾我部討伐はその後」
私(長慶)は、頷く。
帝らしい。まず人命。その後に政治。順番を間違えない。
最初に立ったのは、伊予代表だった。
「河野家は勅命に従う」
続いて、讃岐。
「香川家も従う」「香西家も」「十河家も」「寒川家も」「安富家も」次々と名が上がる。
阿波は言うまでもない。
三好。篠原。森。海部、全て参加。
そして、土佐、「本山家」「安芸家」「津野家」「吉良家」「一条家」全て参加。
場にいた誰もが理解した。
これは、もはや一国の軍ではない、四国全体である。
その日、正式名称が決まる。
『四州天領警固軍』
朝廷使節が名付けた。
「討伐軍ではない」
「警固軍である」
理由は明確だった。
目的は姫の保護。
土佐征服ではない。
長曾我部滅亡でもない。
朝廷はあくまで。
秩序回復を求めている。
その姿勢を示すためだった。
一方、別室には、国分寺一期生、そして二期生。
四国の若者たちも集まっていた。
十五歳。
十四歳。
十三歳。
私(長慶)と同世代。
讃岐組。伊予組。土佐組。彼らは緊張していた。
「戦になるのか」
誰かが呟く。
小一郎(篠原長房)が答える。
「なるかもしれない」
静かになる。すると。
私(長慶)は少年たちに言った。
「でも」
全員が見る。
「皆は前に出ない」
「え?」
「今回は違う」
「勉強だ」
若者たちは首を傾げる。
「戦の勉強」
「国の勉強」
「政治の勉強」
「そして、戦を終わらせる勉強」
海雲が少し笑った。
普通の武将なら、戦い方を教える。
だが、息子(長慶)は違う。
終わらせ方を教えようとしている。
評定後、海雲は各家と協議し布陣を引いた。
森水軍。海部水軍。瀬戸内封鎖。
讃岐勢。補給線維持。
伊予勢。後方警備。
土佐諸家。地理案内。
それぞれ役割がある。全員が勝手に動くのではない。
全てが阿波式だった。役割分担。記録。兵站。戦ですら制度化する。
海雲の側近の篠原長政は帳面を書きながら呟く。
「本当に変な時代になりましたな」
海雲が笑う。
「まだ始まりだ」
その夜。天守。
私(長慶)は一人だった。
地図を見る。
土佐。岡豊城。
未来の記憶。
長宗我部元親。
阿波焼亡。
讃岐焼亡。
四国戦乱。
その記憶が頭をよぎる。
私(長慶)は小さく首を振る。
「違う」
未来はもう違う。
今の土佐には、本山、安芸、津野がいる。
阿波も讃岐も伊予もいる。
そして、戦を止めたい人間が大勢いる。
それが未来との最大の違いだった。
__四州天領警固軍出陣
数日後、徳島港。
無数の船。無数の旗。
阿波、讃岐、伊予、土佐、四国各地から集まった兵、総勢数千。
だが、先頭にある旗は軍旗ではない。
『錦の御旗』
そして、帝の勅書。
掲げられた目的はただ一つ、『姫君保護』それだけだった。
こうして1534年、霜月。
四国史上初めて、阿波、讃岐、伊予、土佐諸家、それらが一つの指揮系統の下に集う。『四州天領警固軍』が形成された。
その進軍は、後の歴史家たちから、「四国連合の始まり」と呼ばれることになるのであった。




