土佐の天領化④
――1534年、神無月初。
阿波国・徳島城。
朝。政所へ駆け込んできた使番の顔は青かった。
「殿!」
小一郎(篠原長房)が立ち上がる。
「何事だ!」
「土佐より急報!」
部屋の空気が変わる。
私(長慶)も顔を上げた。
使番は息を整え、震える声で告げた。
「長曾我部国親が兵を挙げました!」
誰も言葉を発しない。
「理由は」
海雲が低く問う。
「南朝の姫を奉じたと」
その瞬間、海雲の目が細くなった。
私(長慶)は立ち上がる。
「南朝? ……姫? なにそれ」
「はい。祖谷から現れた平家の落人集団と共に、南朝皇統の姫を名乗る女子が」
報告は続く。
「長曾我部はその姫を保護。南朝再興を掲げ、阿波・讃岐・伊予・朝廷を否定。独自の旗を立てました」
部屋の温度が一気に下がったようだった。
しかし、海雲だけは驚かなかった。
「やはり来たか」
私(長慶)は振り向く。
「父上?」
海雲は静かに頷いた。
「既に把握しておる」
私(長慶)を含め小一郎(篠原長房)たちも目を丸くする。
「いつからですか」
「二月ほど前」
全員が絶句した。
二月前? つまり、姫が土佐へ現れる前からである。
海雲は窓の外を見る。
「祖谷の者たちだ」
「……」
「平家の落人」
「山の民」
「隠れ里」
『令和のおばちゃん』(長慶)は理解した。
そうだった。三好、あっちには『平家の落人伝説』あった。
え? 本当にご落胤とかいたの? そう言うのは『都市伝説』だと思ってた。
そういえば、父上(海雲)、あっちの『温泉』を開拓するのって渋ってたなあ。珍しく。
かつての阿波の守護だった小笠原。それを引き継ぐ形になった阿波三好。
阿波を治めてきた家には、代々受け継がれた役目があった。
それは、祖谷の監視。
正確には、保護と把握。
平家落人集団の動向確認。
南朝残党の確認。
山岳避難民の管理。
それらだった。
海雲はそのことを簡単にではあるが私(長慶)たちに教えてくれた。
「戦になるからではない」
海雲が言う。
「朝廷に報告するためだ」
私(長慶)は海雲の話を黙って聞く。
「何百年も前から続く役目だ」
源平以来。承久以来。南北朝以来。
山へ逃れた者たちを、歴代の阿波守護は把握してきた。
それが慣例だった。
海雲は立ち上がる。
「急ぎ京へ送る」
一切の迷いがない。
「朝廷へ、帝へ、全て報告する」
私(長慶)も頷く。
「私も書きます」
「うむ」
こうして海雲父子は別々の報告書を書く。
一つは、祖谷から移動した一団について。
一つは、土佐情勢について。
私(長慶)の報告(上奏)は簡潔だった。
『土佐国諸家は概ね天領化を受諾』
『本山氏』『安芸氏』『津野氏』『その他主要国人衆、協力中』
『長曾我部氏のみ不同意』
『今回の挙兵は天領化反対ではなく、南朝皇統を名乗る人物を旗頭とした独自行動』
『真偽不明』
『帝の御判断を仰ぐ』
それだけだった。
余計な感情は書かない。
判断するのは帝だからだ。
数日後。京。
内裏。帝の前に、二通の報告書が置かれる。
一つは海雲。
一つは稀仁(長慶)。
そして、祖谷からの情報。
朝廷自身が持つ記録。全て照合された。
評議は長かった。しかし、結論は早かった。
帝(後奈良帝)が言う。
「真偽は問わぬ」
公家たちが顔を上げる。
「主上?」
「まず保護せよ」
静まり返る。
「もし本物なら、皇統である」
「もし偽物なら、なおさら保護せよ」
誰も反論できなかった。帝は続ける。
「女子を旗印に戦を起こすことは許さぬ」
「……」
「朝廷は直接、本人の意思を確認する」
これが帝の本心だった。
皇統か否か。
それ以前に、一人の姫君が政治利用されている可能性。それを放置できない。
さらに、帝は最後の裁可を下す。
「勅命を発する」
勅使が筆を取る。
「長曾我部国親」
「南朝皇統を名乗る女子を利用し、朝廷への奏聞なく兵を挙げた。よって、朝敵、逆賊である」
部屋が静まり返る。
長曾我部の処遇がこの瞬間決まった。
理由は単純だった。姫が本物なら、利用した罪。
姫が偽物なら、偽皇統を掲げた罪。
どちらでも許されない。
神無月半ば。
京より勅書が届く。
海雲、そして私(長慶)。
側近や三好の家臣、全員が集まる。
そして、勅命が読み上げられた。
沈黙。私(長慶)はゆっくり目を閉じる。
「そう…か」
この時、歴史が大きく変わった。
まさか、こんな展開になるなんて、私(長慶)も脳内の『長慶おじさん』も想定してなかった。
正直、なにやってんの? 長曾我部国親さん!
以前、土佐で話した人物がここまで『やらかす』とは『令和のおばちゃん』的にも想定外だった。
未来では、長曾我部は土佐統一へ向かった。
けれど今、長曾我部は『朝廷公認の逆賊』となった。
こうなるともはや手を差し伸べるわけにはいかない。
そして、主上(後奈良帝)が最優先したものは、
四国でも、領土でも、権力でもなかった。
『一人の姫の保護』だった。
つまり、これをどうにかして無事に『保護』しないと、四国どころか日本全体がとんでもないことになる。
こうして神無月半ば、 四国天領化計画は、初めて武力衝突の可能性を孕む局面へ入る。
そして徳島城では、帝の次なる勅命を待ちながら、私(長慶)と海雲が静かに次の一手を考え始めるのであった。




