『阿波布』と『阿波紙』
『藍染め』も産業として大きく進めていく。
実はこれに使う『蒅』と火薬の原料になる『硝石』は大きく関与しているのだ。
『蒅』を作ると『硝石』が副産物でできてくる。非常に衛生的かつ効率的なのだ。
『養蚕』も阿波の織物産業の主幹だ。平安時代には『阿波絹』はちゃんとしたブランドだった。そして『養蚕』も『硝石』が副産物として取れる。これも『かやく』の材料として使用する。
阿波のブランドの織物は『麻』だけじゃない。ということだ。
あと『太布織』という樹皮から繊維を取り出したものを紡いだもの。実は紙に使われるものと同じ繊維だ。
楮、三椏、雁皮。
楮は綿の代用。雁皮は絹の代用ともいわれているらしい。
楮の場合は、庶民の衣類や日用品に使われていたのだとか。
これは令和にいた時、地元のニュースで全国で唯一その技法が継承されてるというのをみたことがあったからだ。綿の普及とともに衰退していったと言ってた。
『綿花』は阿波でも試験的に導入されたけれどうまくいかなかったらしい。水捌けとか良くないと無理だし、石灰とかを使って土壌改良も必要だと聞いたことがあるから、その辺でつまづいたんじゃないだろうか。あれはこの時代は三河だったよね。
三椏はその花の甘い香りに惹きつけられるというので『養蜂』にとても都合がいいのだ。実は令和のお札(紙幣)にも使われてるっていうのもニュースで見たっけ。
まあ、自分的にはコットン(綿花)欲しいけれど、ないものは今は仕方がないので、今、あるものでいろいろ試してみようか。ということにした。
要は品質を上げればいいのだ。
『紙布』というのも何か、これもかつてニュースか動画で見た記憶を手繰り寄せつつ、いろいろ試してもらうことにしている。
それに伴って織り機の改良や糸の太さも用途に合わせて調整させる。
楮にしても厚手のものからより細い繊維を取り出していくとコットンほどの繊細さはないけれどそれなりに着心地の良いものが織れるようになった。
『紙布』のような感じで麻や絹と組み合わせていく。それによって用途も拡がっていった。
『染め』も藍だけではなく草木や果樹も使ってブランド化していく。
『阿波紙』も同様だ。より上質に、布にするためには強度も、色彩も。
令和でいうコーヒーフィルターの代用もできる濾紙のようなものもできた。
寺子屋や学校、領内等で書き損じ使用済みの紙は全て回収されて、再生紙、塵紙やトイレットペーバーもどきと交換される。
記憶と一緒に最初に絵巻化した『コンポストトイレ』は領民が自分用に一つ所有して、三日に一度再生紙の塵紙とトイレットペーパー、杉と竹のおがくずと交換をする。使用済みの回収したものを落ち葉と木炭の砕いたものと一緒に撹拌して肥料を作る。
マイトイレにしたのは自分のものは忌避感持たずに処理できるだろうと思ったからだ。トイレは洋式にして、便座は陶器。
最初は抵抗もあったけれど、徐々に浸透してきた。
楮から生まれた繊維は最後にはその楮も含めた大地に戻った。見事なリサイクル。
そのおかげか、農産物の品質も収穫数も激増した。




