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[31万PV達成!感謝]長慶さんに転生してしまった!  作者: 天の樹
孫次郎の『徒然日記』⑤伊予の『天領化』

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伊予の天領化⑧

――1534年、葉月初め


 阿波国・徳島城。


 長かった。本当に長かった。

 阿波。讃岐。伊予の三国。

 約半年。調査、説明。評議、確認。


 そして、天領化。ようやくの一区切りだった。


 吉野川河口。船団が帰ってくる。

 港は大騒ぎだった。


「帰ってきた!」

「殿だ!」

「四州様だ!」


 民たちもすでに知っている。

 讃岐と伊予、その二国が正式に『天領』に加わったことを。

 もちろん、まだ完全統合ではない。

 しかし、方向は決まった。

 それだけでも大きかった。

 私(長慶)は船から降りる。


「疲れた……」


 十二歳の少年の第一声がそれだった。

 隣で『はるちゃん(永寿)』が笑う。


「お疲れ様でした」

「うん」

「もう寝たい」

「まだ仕事があります」

「知ってる」


 小一郎(篠原長房)が既に帳面を抱えて待っていた。


 逃げられない。



 帰還から三日後、徳島城。大評定。


 阿波、讃岐、伊予の三州代表が集まる。今までとは意味が違う。

 今回は、「受け入れるかどうか」ではない、「どう運営するか」だった。


 阿波式の正式導入について、小一郎(篠原長房)が説明する。


「まず法令」


 全員頷く。

 既に讃岐と伊予でも概要は知られている。


 しかし、今度は正式採用。


 一、証文優先。

 二、統一帳簿。

 三、統一度量衡。

 四、統一税目。

 五、統一裁判手続


 これらを段階的に導入。

 国人たちも驚かない。

 もう何度も説明を聞いている。

 むしろ、実務面を気にしていた。


「移行期間は?」

「三年」

「帳簿交換は?」

「旧帳簿も保存」


 議論は非常に現実的だった。それだけ理解が進んでいた。


 次に私(長慶)が立つ。


「次、人です」


 国人たちが頷く。彼らは既に答えを知っている。

 阿波の成功の理由。それは人材だった。



「讃岐研修制度ならびに伊予研修制度を正式開始します」


 若者たちは前のめりになる。

 これこそ彼らが待っていた話だった。



 徳島城下。


 三好学校は既に存在する。

 しかし、これからは違う。

 阿波だけの学校ではない。

 三州共同学校になる。

 私(長慶)は三州学校構想について説明をする。


「武芸だけではありません」

「算術」「記録」「測量」「法」「土木」「造船」「技術全般」「農業」「医療」

全てを基礎全般の共有と専門特化を図る旨を話す。


 若者たちが息を呑む。それは戦国では異例だった。

 しかし、未来を知る私(長慶)にとっては当たり前だった。

 国を動かすのは武士だけではない。

 むしろ、それ以外の方が多い。だから育てる。体系的に。


 さらに、新しい制度が始まる。

 国分寺一期生。


 阿波の少年たち、讃岐の少年たち、伊予の少年たち。その数は既に百名を超えていた。

 そして、私(長慶)は彼らを前にして言う。


「二期生を募集します」


 場がざわつく。


「次世代育成です」


 一期生たちが顔を見合わせる。

 すぐに理解をした。今度は自分たちが教える側になると。

 殿(長慶)一人では無理だ。

 だから増やす。さらに増やす。人材の層を。



 そして、評定終盤。


 私(長慶)は一通の文書を取り出した。


 朝廷使節もいる。

 海雲もいる。

 皆が静かになる。


「最後です。土佐へ送ります」


 私(長慶)の言葉を全員が理解した。ついに来た。次は四国最後の一国、土佐であると。



 書状にはこう記される。


 土佐国諸家へ。


 一、阿波・讃岐・伊予において実施された天領化制度について説明を行うこと。

 二、参加は任意であり強制しないこと。

 三、判断のための調査を希望する場合、調査団を派遣すること。

 四、参加する場合は領地・冠位・官職を一度朝廷へ返上すること。

 五、調査後、正式な領地と冠位を再認証すること。

 六、官職は原則として付与しないこと。

 七、阿波式法制・教育制度・度量衡制度・記録制度を段階的に導入すること。

 八、判断は各家の自由意思によること。


 そして最後、『四州近衛孫次郎長慶稀仁』の署名。

 さらに、朝廷使節副署。

 菊の御紋。

 正式文書だった。


 評定終了後、天守。


 海雲が笑う。


「土佐は難しいぞ」

「知ってる」


 私(長慶)も笑う。


「讃岐より難しい」

「うん」

「伊予より難しい」

「うん」

「四国で一番難しいぞ」

「知ってる」


 海雲は面白そうに息子(長慶)を見る。


「それでもやるか」


 私(長慶)は迷わない。


「やるよ」


 そして窓の外を見る。


 阿波、讃岐、伊予の三国は、統一された同じ規格で、『法も、学校も、港も、人材育成も』少しずつではあるけれど、確実に動き始めた。



 こうして1534年夏。

 四国天領化計画は新たな段階へ入り、土佐国へ向けた最初の使者団が、

 錦の御旗と正式文書を携え、南へ向けて出発することになるのであった。

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