伊予の天領化③
――1534年、皐月半ば。
伊予国・湯築城。
湯築城本丸。評定の間。
そこにいた者たちは後に語る。
あれは交渉ではなかった。問答だった。伊予と未来の。問答だったと。
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最初、上座にいたのは、河野通直。伊予守護。その左右には重臣たちだった。
そして対面。評定の間に現れた『四州近衛』の面々を見て伊予側は顔色を変えた。 その顔は『やってしまった』といった感じだった。
四州近衛孫次郎長慶稀仁。本当に十二歳のやや小柄な少年だった。
とその正室であり第二皇女である永寿内親王(顔は見られないようにしてる)。
朝廷使節。海雲。さらに、阿波と讃岐の若者たち。
最初は上座にいた河野通直は、朝廷使節と『はるちゃん(永寿)』の姿を認めるとすぐに席を譲った。
朝廷使節もだが、まさか帝の第二皇女までくるとは想定していなかったらしい。
(流石に四州近衛家、軽んじすぎてない?って『令和のおばちゃん』は思ったよ)
直ちに御簾が用意され、『はるちゃん(永寿)』はそこへ移動する。
完全に上座と下座が入れ替わった。
河野通直は驚いていた。
人数ではない。雰囲気だった。
普通の戦国大名の一団ではない。
武将だけではない。僧がいる。医師がいる。測量士がいる。鍛冶がいる。商人がいる。記録官がいる。
そして、一際目立つのが二百名も少年たちがいる。
その光景は異様だった。戦国の使節団ではない。
まるで、国そのものが来たようだった。
しばらく互いに見ていた。やがて河野通直が口を開く。
「聞きたいことがある」
「はい」
「なぜだ。何故そこまでする」
河野通直の目は真っ直ぐだった。
「讃岐だけで十分であろう? 阿波だけでも十分であろう? 何故、伊予まで巻き込む」
それは責める口調ではなかった。
本当に知りたかったのだ。
十二歳の少年が、なぜそんなことをしているのか。
私(長慶)は少し考え、答えた。
「壊れるからです」
河野通直が眉を上げる。
「何がだ」
「全部です」
私(長慶)は即答した。
「国も制度も、技術も、知識も、人も」
部屋が静まる。
「人は死にます。優れた当主も死にます。だから残らない」
河野通直は黙る。その言葉は、年を重ねた者ほど刺さる。
何人も見てきた。名将。名臣。名職人。けれど所詮は死ねば消える。
家ごと傾く。技術ごと消える。それが戦国だった。
その横で、海雲は黙っていた。
この話を知っているからだ。
私(長慶)が恐れているものを、それは敗北ではない、断絶であり継承の失敗だということを。
だから、制度を作る。記録を作る。そのための教育を作る。全部そこへ繋がっている。
しかし、河野通直も守護である。簡単には頷かない。
「では聞こう」
「はい」
「その制度は、誰が守る」
鋭い質問だった。
「四州様(長慶)か? 海雲殿か? 朝廷か? 誰だ?」
部屋が静まりかえる。
ここが本質だった。制度は作れる。だが維持はどうする?
私(長慶)は答える。
「皆がいます」
河野通直が目を細める。
「皆?」
私(長慶)は振り返る。
そこには、 国分寺一期生と呼ばれている少年たち。
阿波と讃岐。百名を超える次世代の若者たち。
「彼らです」
河野通直は見る。まだ幼さが残る少年たち。まだ子供だ。
けれど、明らかに目が違う。普通の国人の子ではない。
既に仕事をしている目だ。すでに責任を知っている目だ。
そこで小一郎(篠原長房)が一冊の帳面を差し出す。
「ご覧ください」
河野通直が受け取る。中を開く。
『讃岐調査記録』さらに『阿波の学校の記録』『研修生名簿』『技術継承台帳』『職人記録』『教師記録』…
河野通直は無言で頁をめくる。
そして、途中で止まった。
「これは何だ」
小一郎(篠原長房)が答える。
「鍛冶職人の技術記録です」
「秘伝ではないのか」
「秘伝です」
「ならば何故書いた」
小一郎(篠原長房)は平然と言った。
「人は死ぬからです」
河野通直が黙る。また同じ答えだった。
死ぬから、だから記録を残す。単純なことだが、それが強かった。
河野通直はふと昔を思い出す。
若い頃。一人の名工がいた。船大工だった。素晴らしい技術を持っていた。
けれど、疫病で死んだ。と同時にその技術も消えた。
同じことが何度もあった。その度、優れた人材が消える。
すると、また最初からになる。それが当たり前だった。
しかし、この少年は違う。それを当たり前と思っていない。変えようとしている。
その時、『はるちゃん(永寿)』は静かに河野通直を見ていた。
河野通直の顔が変わったことを。最初は警戒。次は興味。
そして今、伊予守護として考えている。
河野家当主としてではなく、一人の為政者として始めている。
日が傾く。長い会談だった。
そして最後、通直は言った。
「四州様(長慶)」
「はい」
「伊予はまだ答えを出さぬ」
当然だった。伊予は讃岐より遥かに大きい。
そして、遥かに複雑だ。即答できる話ではない。
だからこそ、次の言葉が重要だった。
「だが、調査は許可する。伊予を見よ。伊予を知れ。その上で語れ」
私(長慶)は丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます」
こうして、讃岐と同じ第一段階『伊予国総合調査』が正式に始まる。
そして河野通直自身もまだ知らない。
この調査によって、伊予の最大の強みと、伊予が抱える最大の問題が、数字と地図によって初めて明らかになることを。




