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[31万PV達成!感謝]長慶さんに転生してしまった!  作者: 天の樹
孫次郎の『徒然日記』⑤伊予の『天領化』

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伊予の天領化①

第七章『伊予の天領化』開始です。

――1534年、皐月上旬


 阿波国・徳島城。

 伊予行きの準備が進んでいた。


 今回は讃岐の時とは事情が違う。

 私(長慶)は地図を広げる。

 阿波、讃岐、そして伊予。


 瀬戸内海。

 燧灘。

 斎灘。

 宇和海。


 地図を見れば一目瞭然、周囲は海だらけだった。


「今回は、海を知らないと話にならないね」


 皆が頷く。

 讃岐は陸地の調査が中心だった。

 だが伊予は違う。海そのものが領地であり、街道であり、財産だった。


 評定の場、海雲が口を開く。


「海部を呼べ」

「森もだ」

「はい」


 小一郎(篠原長房)が記録する。

 これまでの評議は、どちらかといえば内陸中心だった。

 しかし伊予は違う。村を知るだけでは足りない。

 潮を、風を、航路を知らなければならない。


 つまり、対策を練るには、海の国人が必要だった。


 数日後、徳島城。


 海部氏の当主と嫡男が到着する。

 南阿波の海を知り尽くした一族。

 代々海運。警固。交易。

 海そのものを生業としてきた家だった。


 評定の席で、海部氏は地図を見る。


「河野の海は厄介ですな」


 第一声がそれだった。

 皆が苦笑する。


「やはりそうですか」


 私(長慶)が応じると海部氏は頷く。


「潮が違う」

「風が違う」

「港の性質も違う」

「つまり阿波の常識は通じませぬ」


 貴重な意見だった。

 まあ、太平洋側と瀬戸内海側とは全然違うのは『令和のおばちゃん』的にも理解はできる。


 続いて森氏。こちらも海に強い。

 撫養(現代の鳴門)方面だから、瀬戸内といえばそうなるかなあ。渦潮もあるし。とか思いつつ話を聞く。


 海上輸送。

 警固。

 船団運営。


 こちらはやはり実務的な違いを指摘した。

 ちなみに彼は、彦太郎(森元村)の父であり森家当主森九郎左衛門である。

 父親が傍にいるせいか、彦太郎は少し緊張している。

 普段は友人たちと騒いでいるが、今日は違う。

 彼の父がいる。気持ちはわかるよ。


「彦太郎」

「はい」

「調査記録を見せろ」

「はい」


 彦太郎(森元村)は父親に調査記録を提出。

 父である森九郎左衛門は黙って読む。

 しばらくして。


「よく出来ている」


 と一言。

 彦太郎の顔が少しだけ緩んだのを私(長慶)は見逃さなかった。

 (よかったね、彦太郎)


 さらに海部氏と森氏、両家ともそれぞれの家臣団から若い世代を送り込んできた。十五歳から十七歳。大体国分寺一期生と同年代の若者たち。

 彼らは海に囲まれた環境で生まれ育っていて潮や船、港に詳しい。

 つまりこれから天領化していく伊予において必要な人材だった。


 その夜、私(長慶)は新しい班編成を発表した。


 海路調査班には太郎(新開元実)を中心とした海部家嫡男と家臣団から三人と森家の家臣団から三人。それと讃岐から香西家の嫡男。


 港湾整備班には小太郎(大西頼武)と海部家次男と家臣団から四人、森家の家臣団から三人。そして讃岐から十河家嫡男。

 

 島嶼調査班には彦太郎(森元村)と森家の家臣団から五人、海部の家臣団から三人。讃岐からは寒川家嫡男。

 

 交易調査班には次郎(一宮成助)と海部家と森家のそれぞれの家臣団から各五人。讃岐から香川家嫡男。

 これまでと違う、海の専門家が入った。それだけで議論の質が変わる。



 夜。『はるちゃん(永寿)』と私(長慶)の会話。


「人数が増えましたね」

「うん。百人超えた」


 私(長慶)は苦笑する。

 最初は五十人だった。芝生城で集めた阿波の少年たち。

 それが、讃岐が加わり、海部が加わり、森が加わり、今では百人近い。

 実務参加者まで含めればもっと多い。


「不思議ですね」

「何が?」

「皆、殿の家臣ではありません」


 私(長慶)は少し黙る。確かにそうだった。

 香川家の者は香川家。

 十河家の者は十河家。

 海部家の者は海部家。

 森家の者は森家。


 誰も『四州近衛家』の家臣ではない。

 それでも今は同じ仕事をしている。同じ未来を見ている。


「家臣団ではなく、仲間ですね」

「そうかもしれないね」


 そして、皐月十日。撫養港。

 整備された港には大型船、補給船、護衛船がずらりと並ぶ。

 これらは千熊丸の絵巻物から(実際は『長慶おじさん』の記憶)作り出されたものだった。

 何度も試行錯誤をしてあつらえられた大型船。

 それに『令和のおばちゃん』の弓矢もだけど鉄砲や砲弾を想定して鉄板とか貼り付けたりできないの? 

 なんていう無茶振りにも対応された船。船大工さんたちが頑張って作ってくれました。

 讃岐の時のも大活躍してくれたんだよね。朝廷からの使者団の人たちも驚いていたっけ。


 そんなことを回想していると阿波と讃岐、海部、森の次世代たち総勢百名を超える若者たち。

 さらに、技術者。記録官。測量士。医師。鍛冶。大工と続く。まるで遠征隊だった。

 ただし向かう先は戦場ではない。


 伊予、目的は征服ではない。

 讃岐と同じように説明。調査。そして選択。


 「天領化を受け入れるか否か」

 それを伊予の人々自身に決めてもらうためである。


 翌朝、錦の御旗を掲げた船団は静かに撫養港を離れる。

 『四州近衛』の船団は西へ向かう。

 その先には四国最大の難関、河野氏を中心とする伊予国が待っていた。


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